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2024/03/11

学校の宿題に生成AIを利用

6日の読売新聞に、「理科の課題で同じ間違い…教諭の違和感の正体は生成AIの『誤答』」という記事が出ていましたが、こういうのも時代の変化の一つなのでしょうね。

 

記事によると、都内の私立中学で、1年生に「唾液アミラーゼの働き」を調べる宿題を出したところ、6~7割の生徒が生成AIを使って調べていたそうです…が、優秀と言われている生成AIでも間違うことはあるのですよね。

 

そんな生成AIの誤答をそのまま書き写した生徒が多かったようで、半数を超える生徒が似たような文言で誤答していたそうです。たぶん、生成AIのそれっぽい回答を安易に(素直に?)信じてしまったのでしょう。

 

また、宿題をするにあたってネットの利用は禁止していなかったということなので、このあたりのことを事前に説明しておけば、こういった結果にはならなかったと思います。

 

 

ただ、こうした経験は、生成AIについての理解を深める良い機会にはなったかもしれませんので、それはそれで良かったような気がしますし、新聞記事になったというのも、学生時代の思い出の一つになりそうで良かったのではないでしょうか…

 

といった今回のニュースですが、この記事の中の「男性教諭が試しに、インターネットで『唾液アミラーゼの働き』と検索すると」という文言は、ちょっと気になったというか、少し違和感を感じました。

 

まあ、「生成AIはプロンプト(生成AIに対する指示)に基づいて様々なコンテンツを生成するもの」という自分の認識が間違っている可能性もあるので、違和感を感じたのは自分だけかもしれませんけどね。

 

ただ、自分の認識が正しいとすると、生徒には「生成AIを使った」という認識はなく、単に「ネットで検索した」だけと思っていたのではないかという気がするのですよ…

 

というのも、Googleで検索すると、(自分で設定を変更しない限り)検索結果の一番上に生成AIによる回答(生成AIが紹介する文章)が表示されるので、それを生徒が書き写したとすれば、「男性教諭が試しに~検索すると」というところも違和感なく読めるので…

 

また、その通りだとすると、「男性教諭がそういう事情を説明した上で生徒に確認したところ、『6~7割の生徒が生成AIを使ったと回答した』」というのが、実際のところではないかという気がします。

 

もちろん、そのあたりの事情はどうあれ、「多くの生徒が生成AIの誤答をそのまま書き写した」という事実は変わらないので、だからどうしたという話しではありますけどね…

 

といったことを昼休みに同僚と話していたところ、同僚いわく、「生成AIは読書感想文も書ける」ということだったので、試しにGoogleの生成AIに太宰治の「走れメロス」の感想文を書いてもらいました。

 

なぜ「走れメロス」にしたのかというと、自分の学生時代の夏休みの宿題だったからというどうしようもない理由なのですが、確かに同僚の言う通り、それっぽい文章が生成されました。

 

ただ、それっぽい文章ではあったものの、小説の内容と異なっているところもありましたので、やはり、生成AIの回答をそのまま使うのはやめたほうが良さそうですね。

 

もちろん、友情であったり行動力であったりと、小説の重要な部分には触れられていましたので、ちょっと読んだくらいでは違和感は感じないかもしれませんが、そのまま先生に提出したら問い詰められそうです。

 

たぶん、今の時点の生成AIは、文脈の理解といったあたりが苦手というか、発展途上にあるのかもしれませんね。今が限界なのか、これからさらに発展するのかはわかりませんが、今のところは、複数のプロンプトの結果を比較するなど、使う側の努力は必要だろうと思います。

 

学生の皆さんも、宿題に生成AIを利用するのであれば、そのあたりのことに気をつけて使ったほうが良いと思いますよ。そうでないと、今の学生は「生成AI脳」とか言われてしまうかもしれません。

 

 

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