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2022/09/18

50年前に接点がありました

少し前の朝日新聞に、話題になっている某宗教団体絡みの記事が出ていたので読んでみましたが、正直なところ、ここまでしないといけないのかなあと思いました。

 

まあ、話しとしては、「申し訳ありません。今から50年前、某宗教団体の関連団体の役員と接点がありました」といったことなのですが、これは今さらどうにもならない話しですし、

 

これが問題だと言うなら、他にも問題になるような事例はたくさんあるでしょうし、そういったものを一つ一つ取り上げていたら、キリがないと思うのですよね…

 

というか、接点があったら違法ということならまだしも、そういったことではないのですから、そんなことをいちいち取り上げる必要もないと思うのですよ。

 

もちろん、霊感商法が怪しからんといった話しはあると思いますので、その絡みで接点があったというなら怪しからんですし、場合によっては、法的な問題も出てくるとは思いますよ。

 

ただ、接点があったとされる某宗教団体の関連団体の役員が、霊感商法に関わっていた人だったというならまだしも、必ずしもそうとは言い切れないということなら、

 

相手が所属しいている団体を理由に接点を持たないということ自体が差別と言われても仕方がないと思いますし、そういったことが行われるような社会ではダメだと思うのですけどね。

 

まあ、安倍元総理の銃撃事件以降、マスコミが「政治との接点」という言葉を多用したので、あたかも接点があったこと自体が問題だという空気になってしまったのだろうとは思いますが、

 

そもそも、この話し自体がおかしいと思うのですよ。どのような政治家であれ、自分を応援してくれる人や、自分に投票してくれる人と接点があるのは当然だろうと思います。

 

それに、問題になっている自民党と某宗教団体との接点の大半は、会合で挨拶をしたとか、祝電を送ったとか、選挙運動を手伝ってもらったといった話しで、

 

お金絡みの話しは、数万円の会費を払いましたとか、数万円の寄附を受け取りましたといった、いわゆるお付き合いの範囲の、癒着とかズブズブといった言葉とは縁遠いものですからね。

 

これが、最近報道されている東京五輪の汚職疑惑のように、何千万円ものお金が動いていた可能性があるといった話しなら、癒着とかズブズブとか言われても仕方がないと思いますけど…

 

また、某宗教団体は反社であって、政治の裏側で暗躍する巨悪なんだといった話しにも無理があると思います…というか、一般に、反社とは暴力団のことなので、

 

某宗教団体が暴力団というであれば反社と言っても良いと思いますが、そうではないのですから、某宗教団体のことを反社と言ってはいけないと思うのですよ。

 

もちろん、霊感商法という反社会的な行為を組織的にしているのだから反社だという話しもあるとは思いますが、それについても、これまでに行われた某宗教団体絡みの裁判の結果をみると、

 

少なくとも、「某宗教団体(そのもの)が組織的にやった」ということは認められていないようなので、この主張にも無理があると思うのですよね。

 

それに、報道によれば、某宗教団体の信者数は約6万人ということですが、そんな小さな組織では、政治に影響を与えるなんてできないと思いますし、

 

弱小すぎて、とても巨悪とは言えないと思いますよ。(お金で政治を操っている…と言えるくらい、多額の政治献金をしているということなら、わからなくもないですが…)

 

ということで、安倍元総理についても、某宗教団体と接点があったと言うのは間違いではないと思いますが、安倍元総理と某宗教団体はズブズブだとか、

 

両者は癒着していたというのは間違いだと思いますし、この話しからスタートした今の騒動も、マスコミや野党が、取るに足らない話しを大げさに扱った結果だろうと思います。(第二のモリカケ?)

 

ということなので、岸田総理も、某宗教団体との「関係を断ちます」などと思い切ったことを言う必要はなかったと思いますし、言わないほうが良かったと思うのですよね。

 

もし何か言うのであれば、「こちらから某宗教団体に接することはしませんし、霊感商法の問題には積極的に取り組みます」くらいで良かったと思いますし、それに付け加えることがあるとすれば、

 

「ただし、某宗教団体の関係者の方も有権者ですので、政治に参加する権利はありますし、政治家である以上、有権者が接してくることは拒めません」といったことではないかと思います。

 

まあ、今の空気からすると、こういったことは言いづらかったのかもしれませんし、何でも慎重に検討する岸田総理ですので、思ってはみたが言わなかったということかもしれませんが、

 

このくらいの線引きにしておかないと、何かあるごとに相手の思想・信条を確認することになってしまうと思いますし、実際にそういったことが常態化すると、

 

逆にそのことが、悪意のある人たちに利用されてしまうのではないかという気がするのですよ。例えば、思想・信条を偽って接触してきて、頃合いを見計らって、

 

「実は私、世間を騒がせている○○という団体の関係者です」と言って「接点」を公表し、それで相手に不利益を与えるとか、相手を窮地に追い込むといったこともできてしまうわけで、

 

そんなことが当たり前の社会になったら、悪意のある人たちのやりたい放題になってしまうと思うので、それを避ける意味でも、思い切った線引きはしないほうが良かったと思うのですけどね。

 

まあ、すでに線引きしてしまっているので、行くところまで行くしかないわけですが、こんな状態では、今の政権は短命で終わるかもしれませんね。(そうなったほうが良いかもしれませんけど)

 

 

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