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2022/08/11

敵の敵は味方ということなのだろうけど

未だに続いている政治と宗教の話しですが、モリカケ・サクラのときと同様、「政治家が説明を果たしていない」と感じている人が増えているようですね。

 

まあ、マスコミが連日のように「政治家はしっかり説明すべきだ」といった感じで報道していますので、そう感じる人が増えるのも当然だとは思いますが、

 

そういったマスコミの報道自体が、マスコミによるある種の洗脳というか、マインドコントロールのようなものではないかなあという気もしますけどね。

 

マスコミは、「某宗教団体って怖いですよね」といった感じで恐怖心を与え、「霊感商法の被害者を救いたい」といった感じで親切心を装って視聴率や購読数を稼いでいるようですが、

 

それと、「先祖の霊が悪さをしますよ」といった感じで恐怖心を与え、「あなたを苦しみから救いたいです」といった感じで親切心を装って金を稼ぐ霊感商法とは、何が違うのかなあと思います。

 

もちろん、マスコミの報道を信じるのも信じないのも、宗教を信じるのも信じないのも個人の自由ですので、他人がとやかく言う話しではないと思いますが、

 

「安倍元総理の銃撃事件」「霊感商法の被害」「政治と宗教の関係」という異なる話しを、意図的に?混同して伝えるようなマスコミの報道を鵜呑みにするのは、ちょっとどうかなあと思います。

 

問題は、銃撃事件のような犯罪をどのように防ぐかとか、警備のあり方はどうあるべきかということだと思いますので、それ以外の話しとは分けて考えたほうが良いと思いますし、

 

特に、「政治と宗教」の話しに関連して出てきた某宗教団体の名称変更云々の話しは、加計問題と同じような話しになっているようにも感じるので、要注意だと思います…

 

というのも、加計問題にも名称変更問題にも、天下りの斡旋という違法行為で懲戒処分を受け、文部科学省を依願退職した元事務次官が関係していたらしいですからね。

 

加計問題が、「政治の力で行政が歪められた」のではなく、「法令に基づかない歪んだ行政がなされていた」といった感じの話しだったのと同じで、

 

某宗教法人の名称変更も、「政治の力で行政が歪められた」のではなく、「法令に基づかない歪んだ行政」の結果だった可能性があると思うのですよ。

 

報道によれば、この元事務次官が文化庁の宗務課長だった当時、「(霊感商法で問題視された)某宗教団体の実態が変わっていないのだから、申請は認められない」という理由で、

 

某宗教団体の名称変更の申請を受理しなかったということらしいのですが、そのこと自体が、行政手続法という法令に違反しているのではないかという指摘もあるようですからね。

 

で、その行政手続法というのは、どんな感じの法律なのかと思って調べてみたのですが、「行政庁は、申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならず」

 

といった条文が出てくるので、たぶん、この指摘は正しいような気がするのですよね。(受理しなかったら審査を開始できないわけですから、受理しないというわけにはいかないのだろうと思います)

 

また、そうやって受理してこなかった申請が、某宗教団体との関係性を指摘された政治家が文部科学大臣だった2015年に受理されたという話しもありますが、

 

この2015年というのは、2014年に改正された行政手続法が施行された年でもあるのですよね。まあ、ただの偶然という可能性もあるとは思いますが、

 

仮にその法改正が、行政側にとって不都合な内容であったとすれば、それがきっかけになって、それまで拒んできた申請を一転して受理したという可能性もあると思うので、

 

こういった話しを抜きにして、あたかも元事務次官が申請を受理しなかったことが正義のような報道がされているのは、ちょっと違うのではないかなあという気がしています。

 

それに、この問題で疑惑を持たれている元文科大臣の話しによれば、その当時、事務方から「不作為を指摘される可能性」について言及があったということなので、

 

その話しからすると、問題になっている名称変更は、「政治の力で行政が歪められた」結果ではなく、某宗教団体側が、法律を盾にして強く出た結果のような気もしますけどね。

 

また、モリカケ・サクラのときもそうでしたけど、野党の皆さんは、なぜ疑いもせずに、違法行為で依願退職した元事務次官の話しをありがたく聞いているのですかね?

 

まあ、敵の敵は味方ということなのかもしれませんけど、そういうことを続けているから、今回の参院選挙でも議席を失うことになったような気がするのだけどなあ。

 

あと、これはマスコミの影響によるところが大きいと思いますが、今回の銃撃事件のようなテロ事件の容疑者に対して同情するのは、やめたほうがよいと思いますね。

 

こういった事件を起こした容疑者の供述をどこまで信じるかという話しもあるとは思いますが、仮に、霊感商法の被害で容疑者の家庭が崩壊したという話しが事実であったとしても、

 

それは容疑者の私的な(家庭内の)問題であって、赤の他人に危害を加えても良いという理由にはなりませんので、そこで同情すれば、テロ行為に意味を与えることになってしまうと思うのですよ。

 

どういう事情であれ、民主的な手続きを経ずに社会や政治に影響を与えることは、民主主義の否定ですので、そこはしっかりと線引きしておくべきだと思います。

 

 

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