« 民主主義に対する挑戦? | トップページ | モリカケサクラが忘れられない人たち »

2022/07/15

本当に家庭内のトラブルが動機なの?

銃撃事件の容疑者が取り調べで語ったとされる犯行動機が報道されていますが、本当に「20年前の母親の自己破産を恨み、安倍元総理を殺害しようと思った」のが動機なのですかね?

 

まあ、報道されている内容を見る限りでは、そう解釈する以外にないと思うのですが、ちょっと理解しがたいというか、刑事責任能力の有無が問題になりそうな話しではないかと思いました。

 

報道によれば、母親が自己破産したのは2002年ということですが、その当時の容疑者は20歳そこそこですので、この出来事は、容疑者にとってかなりの負担になったと思いますし、

 

容疑者がそのことを恨んでいるというのも理解はできます。また、その当時、容疑者が恨みの矛先を宗教団体に向けていたというのも(良し悪しは別にして)理解はできるのですが、

 

問題は、母親の自己破産から20年も経ってから、宗教団体に向けていた矛先を、宗教団体と深く関係していると容疑者が考えていた安倍元総理に向けるのは、

 

かなり突飛な発想というか、ふつうはそういうことを思いつかないと思うのですよね。報道によれば容疑者は、一年前から犯行を計画していたそうですし、

 

銃撃事件の直前には、岡山に向かっていた安倍元総理を追いかけてまで犯行の機会を狙っていたというくらい執拗なタイプらしく、そういった性格の持ち主が、

 

そう簡単に恨みの矛先を変えるようなことはしないのではないかと思うので、何かよほどのこと(違う動機)があったのではないかなあという気がしています。

 

まあ、この宗教団体は、信者を洗脳して金を巻き上げるようなことをする、いわゆる霊感商法で80年代から90年代にかけて問題視されていた団体ですので、

 

容疑者の母親も、この宗教団体に洗脳されて自己破産に至ったのだろうと思いますが、もしかすると、容疑者自身も、誰かに洗脳されて恨みの矛先を変えたのかもしれませんよね。

 

もちろん、容疑者が供述したとされる話しの中にも、理解できる部分はありますよ。例えば、安倍さんの母方の祖父である岸信介元総理が、

 

国際勝共連合の絡みで今回の宗教団体と深い関係にあったというのはその通りだと思いますし、その当時から、この宗教団体が自民党の支援団体だったことも間違いないと思います。

 

当時は、反共産主義という点で利害も一致していたわけですから、そういう関係になるのも自然なことだと思いますし、実際、その通りになったのでしょうからね。

 

ただ、いくら岸信介元総理がこの宗教団体と深い関係であったとしても、それだけで孫の安倍元総理が同様に深い関係にあったと考えるのは、ちょっとどうかと思います。

 

報道によれば、この宗教団体と友好関係にある団体に対して、安倍元総理がビデオメッセージを送ったということから、容疑者がそう考えるようになったということですが、

 

アメリカのトランプ前大統領をはじめとした各国の首脳たちも、同様にビデオメッセージを送っているので、安倍さんだけが特別な対応をしていたわけでもないですからね。

 

また、過去にはオバマ元大統領も、この宗教団体の創設者夫人宛に祝電を送ったことがあったと思います。(確か、夫人のお誕生日祝いだったかな?)

 

もちろん、友好団体とはいっても、法人格が違うだけで実質は宗教団体そのものではないかという指摘もありますし、そういうところにビデオメッセージを送った安倍さんはどうなのか…

 

といった話しもあるとは思いますが、この宗教団体への対応は、西側諸国が反共産主義でまとまっていた時代の名残のようなものだと思うので(関係が続いていることは良くないと思いますが)、

 

安倍さんの判断がおかしかったとまでは言えないでしょうし、また、ビデオメッセージを送ったからといって、安倍さんと宗教団体とが深い関係にあったということもないと思います。

 

まあ、容疑者はそうは思っていなかったらしいですが、そこまでになると、思い込みというよりは妄想に近いものがあったような気がしますし、そう考えると、

 

やはり洗脳のようなことがあったのではないかなあと思ってしまいますし、そうでないとしたら、刑事責任の有無の話しになってしまうような気がします。

 

しかしまあ、宗教というのは怖いですよね。もちろん、すべての宗教がそうだと言うつもりはないのですが、今回の話しのように、信じる者は救われるどころか、

 

信じたばかりに不幸になるということもあるわけですからね。よく、「信じる者と書いて儲けるだ」みたいな話しがありますけど、そんな感じで、信仰心というのは狙われやすいのかもしれません。

 

もちろん、神仏を信じるということ自体は良いことだと思いますよ。日本人にとって、信仰心というのは、道徳心でもあるような気もしますからね。

 

ただ、信心深い人ほど純粋というか、他人を疑うようなことはしないのかなあという気もするので、あまりに信心深いというのも、それはそれで危ないかなあと思います。

 

また、信心深い人ほど洗脳されやすい…みたいなところがあるのではないかという気もします…というか、今回の容疑者も母親も、そんな感じだったのではないかな?

 

自分だったら、お布施しないと助からないみたいな話しをされたら、そんな心の狭い神仏には頼らないと言って断ってしまうと思うのですけどね。

 

また、それで信仰心が足りないとか、不幸になるとか言われるのなら、そんなことを言う人に出会ってしまったことが不幸だったと思って諦めると思います。

 

 

« 民主主義に対する挑戦? | トップページ | モリカケサクラが忘れられない人たち »