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2022/04/14

歳は重ねるもの、受け入れるもの

昨日はお付き合いのある業者さんと、仕事の打ち合わせのあとに少し雑談をしたのですが、その中でお互いの年齢の話しになったのですよね。

 

まあ、お互いに50代ということで、出てくる話しは、記憶力が落ちたとか、疲れが取れないとか、健康診断に引っ掛かるといった、どちらかと言えばネガティブな話しが多かったのですが、

 

そうした話しのあとに先方から、「歳は取るものではなくて、重ねるものだと思っているほうが良いらしいですよ」といったことを言われまして、要は、

 

年齢相応の経験や胆力といった強みもありますよね的な話しだったのですが、自分の場合、そうした点については、強みと言えるほどのものがないので、

 

「確かにそうですねえ」と笑って誤魔化すような感じになってしまい、たぶん、そういう自分を見て先方も気を使ってくれたのだと思うのですが、そこで雑談が終わってしまったのですよね。

 

まあ、雑談に応じてくれた先方には申し訳ないことをしてしまいましたが、強みがないのに話しを続けてみたところで…と思ってしまったのが顔に出てしまったのだろうと思います。

 

ただ、今回の話しで、中学生の頃だったかなあ。学校で教わった、「吾十有五にして…」という言葉で始まる孔子の論語の一節を思い出しましたね。

 

「吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る。六十にして耳順い、七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず」

 

という一節で、確か、歳とともに(歳を重ねるにつれ)人が成長していくことを説いたものと言われている…といった感じで教わったと思うのですが、具体的には、

 

15歳…志学

30歳…而立

40歳…不惑

50歳…知命

60歳…耳順

70歳…従心? (該当しそうな言葉が見つかりませんでした)

 

といった感じの話しだったような…。

 

まあ、この中では、40歳の「不惑」が一番有名なような気がしますが、確かに、「歳を取るではなく歳を重ねる」といった生き方ができていれば、こんな人生になるのかもしれませんね。

 

自分の場合、50歳を過ぎた今でも惑わされることが多いですし、自分の天命が何かもわかっていないので、たぶん60歳になっても、他人の話しを虚心坦懐で聞けるようにはならないと思いますし、

 

そんな感じですので、70歳で欲望のままに行動したら、まず間違いなく人の道から外れると思うので、そうならないように気をつけるくらいしかできないわけですが、

 

この一節の言うところは、「わざわざ気をつけるようなことをしなくても、そうしたことが自然とできるようになっているべき」ということだと思うので、自分のような生き方は悪い例ということになりますね。

 

でも、こういった話しを思い出して、多少なりとも考えることができただけでも良かったのかなあとは思いますし、そのきっかけになった業者さんにも感謝するべきでしょうね。

 

また、これからは「歳を取る」という言い方はやめて、「歳を重ねる」という言い方をするようにしてみようかなあとも思いました。何となく、取ると言うよりも重ねると言うほうが印象が良さそうですし…。

 

まあ、言葉の響きというか、言葉が持つ意味から感じる印象のようなものが、歳を取るよりも歳を重ねるのほうが良いということなのかもしれませんね。

 

例えば、「何かを取る」ということをすれば、その何かは「減る」わけですし、「何かを取られた」ということであれば、その何かは「失う」ことになるわけで、

 

「取る」という言葉には、そんな感じでネガティブなイメージもありますから、「歳を取る」という言葉を聞いたときにも、無意識にネガティブなイメージを持ってしまうのではないかと思います。

 

また、それに対して、「何かを重ねる」ということをすれば、その何かは「増える」わけですし、そうやって増えれば、重ねたあとの高さも「高まる」ので、

 

「重ねる」という言葉には、そんな感じのポジティブなイメージがあって、その結果、「歳を重ねる」という言葉を聞いたときにも、無意識にポジティブなイメージを感じるのかもしれません。

 

まあ、あくまでも何となくということですけど、どうせ使うなら、ネガティブな印象の言葉よりも、ポジティブな印象の言葉のほうが良いですからね。

 

あと、年齢というのは、本人が望もうが望むまいが、時間とともに自然と増えていくものなので、そういったものは、無条件に受け入れるようにしないとダメなのかなあという気もしました。

 

多少の個人差はあっても、年齢とともに記憶力が低下したり体力が低下するのは当然のことですからね。そういったことは素直に認めるべきかなあと思いますし、

 

「自分はまだまだいける」といった考え方も、ある程度のところまででやめておいたほうが良いような気がします。よく、年寄りの冷や水と言いますけど、

 

ある程度の年齢の人が、若い人のように元気にふるまったり無理をしたりすると、後が大変というか、たぶん、碌なことにはならないと思いますし。

 

 

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