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2021/12/11

二人の名物社長のこと

一つ前の記事で、光輪モータースの若林久治社長のことに触れましたが、若林社長と聞くと、ふるほん文庫やさん(古書店)の谷口雅男会長のことも思い出しますね。

 

どちらも、お客さんの前で従業員にお説教する名物社長として有名でしたが、このお二人、お説教のこと以外でも似ているところが多かったような気がしますし…

 

というか、お二人とも、起業して一代で会社を大きくした方なので、業種は違うものの、そういった方には共通点があるということなのかもしれませんけどね。

 

◇ 好きを仕事にした

 

光輪モータースの若林久治社長は、いわゆるヴィンテージ物のバイクを多数所有していたことからもわかるように、バイクが好きだったようですが、

 

ふるほん文庫やさんの谷口雅男会長も、読書が好きだったということで、個人所有の文庫本だけでも、数万冊を所有していたと言われていましたからね。

 

お二人とも、「好き」を仕事にしたのだろうと思います。まあ、これは、起業される方の共通点ということかもしれませんが。

 

◇ 起業のきっかけ

 

若林久治社長が起業しようと思ったきっかけは、上野にあった旭東モータースというバイクショップにオートバイを売りに行った際に、65,000円で売れたオートバイが、

 

ほんの数分後に、別なお客さんに88,000円で売れてしまったことに衝撃を受けたからと言われているようですが(まあ、確かに衝撃的ではあります)、

 

谷口雅男会長が起業しようと思ったきっかけも、古書店の店主が、お客さんから10円で買い取った文庫本を、定価の半値で売っているところを目撃し、

 

店主に「儲かって仕方がないでしょ?」と尋ねたところ、「文庫本がどんどん売れたら、3日もすればビルが建つ」と返されたことだと言われているのですよね。

 

まあ、これらのエピソードを一言で表現すれば、「儲かる商売を見つけたので起業しました」ということなのでしょうけど、こういうところは、起業する人ならではの目の付け所なのかもしれません。

 

実際、若林社長はどう考えたか知りませんが、谷口会長は、「古書店が片手間に扱っている古本文庫を真剣にやれば一暴れできるかもしれない」と考えたと言われていますからね。

 

こういうのを起業家精神と言うのかもしれませんが、少なくとも、自分のような凡人には考えつかないことだと思います。すごいなあ…。

 

◇ 強引な経営手法

 

光輪モータースの若林久治社長は、社長室からカメラで従業員の様子を監視し、店内にお客さんがいるときでも、店内放送で従業員を叱責していたようですが、

 

ふるほん文庫やさんの谷口雅男会長も、従業員を厳しく叱責することがあり、お客さんがいる前でも、平気で怒鳴り散らしていたと言われていたそうです。

 

◇ メディアに登場する名物社長

 

まあ、こうした従業員に対する叱責は、今であればパワハラで問題視されると思いますが、当時は、逆にそういったところが注目されて、お二人とも名物社長としてメディアに登場していましたよね。

 

昭和の時代の名残というか、平成の時代も、一桁の頃はそんな感じでした…ということでしょうか。実際、叱責しているところがテレビに流れたこともありましたし。

 

今だったら、そういうシーンが流れるとしても、誰かが隠し撮りしたものが流れると思いますが、当時は、取材映像というのでしょうか。ふつうに撮影したと思われる映像が流れていましたからね。

 

今思うと、当時は何でもアリの時代だったような気もします。

 

◇ 経営悪化

 

さて、そんな光輪モータースとふるほん文庫やさんですが、驕る者久しからずということでしょうか、光輪モータースは2008年に破産し、ふるほん文庫やさんも2011年に閉店しました。

 

ふるほん文庫やさんのほうはわかりませんが、光輪モータースのほうは、最盛期の年商が95億円で、破産時の負債は161億円だったそうです。

 

◇ 悲しい最後

 

そして、経営悪化後のお二人は…というと、若林久治社長は、2010年に不慮の交通事故で急逝し、谷口雅男会長は、2012年に失踪したということです。

 

他人の人生の幸・不幸を決めつけるのは良くないと思いますので、そういった表現は控えたいと思いますが、少なくとも起業家としては、お二人とも悲しい最後だったような気がします。

 

 

さて、そんなお二人ですが、少なくとも商売については熱心だったと思いますし、そうだったからこそ商売で成功したのでしょうし、時代の寵児でもあったと思うのですよね。

 

ただ、その商売も途中で破綻し、有終の美ということにはならなかったので、その点が過度に取り上げられて、悪く言われることも多かったような気がします。

 

もちろん、そういったところは、起業した以上は覚悟すべきことなのかもしれませんが、評価されるべきところは、正しく評価されてほしいなあと思います。

 

ちなみに、若林久治社長のコレクションだったヴィンテージ物のバイクは、社長の死後、オークションで売却されたそうです。社長自身は、博物館を作って展示したかったらしいですけどね。

 

また、谷口雅男会長の行方は今も不明らしいですが、年齢が年齢だけに、もしかしたら…といった話しもあるみたいですね。確か、戦後すぐの生まれだったと思うので、そう言われているのでしょう。

 

なお、谷口会長の失踪後も、約40万冊の文庫本が残ったままになっているそうで、倉庫の貸し手も困惑しているとのことです。処分するにしても、相手が40万冊の文庫本ではどうしようもない?

 

また、その40万冊の文庫本が、どういう状況で保管されているかにもよると思いますが、倉庫も相当な広さでしょうね。床の耐荷にもよると思いますが、100坪以上ないと保管できないような気がします。

 

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