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2021/12/05

バイクと聞くと光輪モータースを思い出す

ネットのニュースサイトに、「空前のバイクブーム到来」みたいな記事が出ていたので読んでみたのですが、実際のところはどうなのでしょうね。一応、その記事には、

 

「電車やバスでの密を避けるために、バイク通勤する人が増えている」とか、「若い頃にバイクに乗っていた人たちが、子育てを終えて再びバイクに乗っている」(リターンライダーと言うらしい)などと、

 

それらしいことが書いてあったのですが、この程度のことでは、多少バイクの需要が伸びることはあっても、「空前の」といった状況までにはならないと思うのですよ。

 

また、これ以外にも、「人気のあるバイクは、予約してから7~8か月待たないと購入できない」とか、「二輪車の教習所が混雑していて、教習の予約が取りづらい」といったことも書かれていましたが、

 

これらも、「海外の工場がロックダウンで稼働していなかったことで、一時的な品薄状態になっている」とか、「二輪車の教習を希望する人が多少増えた」だけのような気がしますけどね…

 

と、記事を疑ってばかりでも申し訳ないので、バイクの販売台数の推移がわかるような資料がないかなあと思って検索してみたところ、以下の記事が見つかりました。

 

軽二輪車・小型二輪車の新車販売台数の年別推移

 

これは、一般社団法人 全国軽自動車協会連合会というところが出している統計資料なのですが、これによると、バイクの販売台数が多かったのは、80年代から90年代にかけてのようですね。

 

まあ、この資料にある数値は、バイクの中でも、軽二輪と呼ばれるものと小型二輪と呼ばれるものの数値で、かつ、新車販売台数に限った数値なので、

 

原付などを含んだバイク全体の販売台数の傾向とはやや異なる可能性もありますが、それでも、当たらすとも遠からじといった数値にはなっているような気がします。

 

また、この資料によると、2020年の新車販売台数は、前年比14.9%増の14万4,931台で、14万台を超えたのは、2008年以来12年ぶりということになりますね。

 

まあ、この状況を、「12年前の水準まで回復」と読むか、「空前のブーム」と読むかは人それぞれだと思いますが、ふつうに考えれば前者ではないかなあという気がします。

 

ちなみに、80年代から90年代にかけて…というと、日本がバブル景気で賑やかだった頃で、バイクに限らず、いろいろなモノが売れていた時代ですよね。

 

また、一般社団法人 日本自動車工業会という団体が出している、「2019年度二輪車市場動向調査」という記事によれば、バイクの購入者の平均年齢は54.7歳ということなので、

 

記事にあったリターンライダーの話しは、その通りなのでしょうね。80年代から90年代のバブル景気の頃に、欲しいバイクを諦めて子育てをしていた世代が、ちょうどそのくらいだと思いますし…。

 

たぶん、リターンライダーの皆さんは、その当時に購入を諦めていたバイクを、子育てが終わって経済的にも余裕が出てきた今になって購入して乗っているのではないでしょうか…

 

といったバイク関連の話しですが、自分がバイクと聞いて頭に浮かぶのは、東京上野のバイク街のことですね。バブル景気の頃、JR上野駅近くの昭和通り沿いにバイクショップが集まっていたのですよ。

 

自分はバイクには関心がないのでが、当時勤めていた会社の先輩がバイク好きで、上野のバイク街によく行っていると言うので、話しの種に一回だけ連れて行ってもらったことがあったのですが、

 

そこで見聞きしたことが衝撃的というか、すごく印象に残っていまして、バイクと聞くと、「そういえば上野にバイク街があってね」となってしまいます。

 

その先輩は、バイク乗りということもあってか、そのあたりのことを、バイク街ではなくて、バイクロードとか、光輪ロード(こうりんろーど)と呼んでいましたけどね。

 

ちなみに、光輪ロードというのは、その当時、光輪モータースというオートバイやバイク関連の商品を売っていた会社があって、バイク街にいくつかの店舗を構えていたことが由来の呼び名なのですが、

 

この会社の社長さんが個性的な方で、店内放送で店員さんをお説教することで有名だったらしいのですよね。自分も先輩とバイク街に行ったときに、そのお説教を聞きましたけど、

 

最初は店内放送用のマイクのスイッチを切り忘れたんだろうなと思いましたよ。そんなことをする人がいるなんて、夢にも思いませんでしたからね。

 

でも、その脇で先輩が、「ああ、またやってるよ」と言い出したので、それが日常の風景だということがわかったのですよ。今だったら、従業員からパワハラで訴えられそうな話しですし、

 

会社の社長自らそんなことをしていたら、ブラック企業と言われるでしょうけど、当時はそれで済んでいたのでしょうね…というか、その当時は、

 

そういうことをする社長が、名物社長としてメディアに登場していた時代ですからね。ある意味、何でもアリの時代だったわけですが、それにしても、店内放送でお説教はないですよね。

 

当時、自分は就職して間もない頃でしたが、そんな自分でも、防犯カメラの映像で店内の様子を監視して、何かあればマイク片手にお説教では、離職率も相当だろうなあと思いましたよ。

 

まあ、本当か嘘かはわかりませんが、先輩も、「毎年30人とか40人を採用して、数か月で半分くらいになるらしいよ」と言っていましたから、実際、そんな感じだったのかもしれませんが…。

 

 

あと、記憶に残っているのは、光輪モータースの店舗内に貼ってあったポスターですね。ヘルメットの宣伝用のポスターだと思うのですが、ヘルメットをつけた全裸の女性二人が

 

ポーズをとっているポスターが貼ってあって、それを見ていた自分に対して、先輩が「謎のポスターなんだよなあ」と言っていたのが記憶に残っています。(確かに謎ですね)

 

ちなみに、この光輪モータースは、2000年代に経営破綻して、名物だった社長さんも、破綻して数年後に交通事故で亡くなったそうなのですが、

 

この社長さんは、自ら起業して一代で会社を大きくした方らしいので、存命であれば、「もう一花咲かせるかあ」くらいの勢いで再チャレンジしたかもしれませんね。

 

二人の名物社長のこと

 

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