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2021/12/31

令和3年も今日で終わり

令和3年も今日で終わりですね。今年一年を振り返ってみると、いろいとな出来事がありましたが、一番良かったのは、東京オリンピック・パラリンピック大会が開催できたことかなあと思います。

 

もちろん、開催に反対する声もありましたし、一部の競技を除いて無観客でしたので、盛り上がりに欠けた大会であったとは思いますが、それでも、印象に残るシーンは多かったですからね。

 

また、今もオリンピックで使った施設が負の遺産になるとか、選手村として使用されたマンションの引き渡しが遅れているのは怪しからんといったネガティブな話しが続いていますので、

 

今後も、事あるごとに否定的な報道がされるのかもしれませんが、今回のオリンピックは、開催すること自体にも意義があったと思うので、それはそれで評価されるべきではないかなあと思います…

 

といった令和3年でしたが、今月に入ってから、先々になっても語られそうな大きな出来事が2つほどあり、それについても強く印象に残っています。

 

自傷・他害とでも言えば良いのでしょうか。もともと、自分で自分を傷つけるような行為や、他人を傷つけるような行為は、印象に残りやすいと思うのですが、

 

今回の場合は、有名人の方が自ら命を絶ったということや、放火で多くの人の命が奪われたという点で、社会に与えた影響は大きいと思いますし、それだけに、記憶に残り続けるような気がしています。

 

また、ただでさえそういった性質を持つ出来事であったところに、一部のメディアの心無い報道が加わるものですから、余計に印象に残るということもありますね。

 

メディアに対しては、そういったことが起こるたびに「本当に余計なことをしてくれるよなあ」と思います。報道の自由って、そういうことではないと思うのだけどなあ…。

 

自傷行為について過剰に報道すれば、新たな自傷行為を生んでしまう恐れがありますし、他害行為について過剰に報道すれば、模倣犯を生んでしまう恐れがあるわけですからね。

 

また、メディアの報道の嫌なところは、悲しみの中にいる人に無理やり語らせようとするところだと思いますが、その中でも特に嫌なのが、「今のお気持ちは?」という質問だと思います。

 

まあ、「悲しいに決まってるだろ!」ということもあるのですが、「今のお気持ちは?」と、質問する相手に考えさせて何かを言わせるといった手法自体が、安易というか稚拙な感じがするので、

 

そういうのは報道のプロとしてどうなのかなあと思いますし、それ以前に、そういう状況の人にカメラやマイクを向けること自体が不躾かつ無作法であり失礼極まりないと思うのですよね。

 

また、メディアは、何かあるとすぐに人権問題に結びつけたがりますが、こういったメディアの姿勢も、人権問題と言えば人権問題だと思うのですよ。

 

そんなに人権が大事なら、まず自分たちから人権に配慮することに重きを置いたほうが良いと思いますし、これからは、そういう姿勢のメディアでないと、社会からは評価されないと思いますけどね。

 

さて、そんな2つの出来事でしたが、自傷・他害ともに、当事者にしかわからないことがあると思いますので、あくまでも個人の想像でしかないのですが、

 

まず、自傷行為のほうについては、有名人の二世というのは苦労も多いのではないかと思いますし、そういったところが、ご本人の重荷になっていたのかなあという気がしています。

 

もちろん、有名人の二世であれば、「〇〇さんの息子」とか、「〇〇さんの娘」ということで、他人からすぐに覚えてもらえるというメリットはあると思いますけどね。

 

ただ、よほどのことがない限りは(親を遥かに超えるような才能を発揮するようなことがない限りは)、ずっと〇〇さんの息子、娘と言われ続けることになるわけで、それってどうなのかなと思うのですよ。

 

また、仮に本人の実力で成功しても、親の七光りとか、親の才能を引き継いだといった感じで、本人の努力というよりも親のおかげみたいな話しになりやすいですし、

 

逆に、これが一番大変だと思うのですが、成功しなかった場合は、親は才能があるのにとか、本人の努力が足りないのではないかとか、とかく否定されやすいような気がするのですよね。

 

こんな感じで、うまくいっても評価されることがなく、うまくいかなくても評価されることのない人生って、ご本人にとっては、結構な負担になっていると思うのだけどなあ…。

 

また、他害行為のほうは、怨恨というよりは逆恨みなのかなあという気がしているのですが、問題は、その矛先が、怨恨の相手以外にも向いてしまっているところですよね。

 

もちろん、怨恨の相手に矛先を向けること自体も問題なのですが、それだけであれば、少なくとも犯行動機という点では理解できなくもないと思います。

 

ただ、それを超える範囲の人までとなると、どういう考えで犯行を決意したのか。どういう気持ちで実際に犯行に及んだのかの理解が難しいですからね。

 

まあ、当事者の行動に誰もが理解できるような論理性があるなら、そもそもそういった犯行には及んでいなかったという可能性も無きにしも非ずだと思いますが、それにしてもなあと思います。

 

また、こういった他害行為の一番の問題は、行為の相手方になってしまうと、ほぼ身を守るすべがないということですよね。助かるかどうかは、「運」の良し悪しでしかないのかなあという気がします…

 

ということで、令和3年も残り十数時間ではありますが、来年は、こういった出来事のない、良い年であってほしいと思いますね。

 

 

【追記】

 

令和4年用の年賀はがきの当初発行枚数は18億2,536万枚だそうですね。令和3年用の当初発行枚数は19億4,198万枚だったらしいので、約1億2,000万枚の減少です。

 

最近は、環境負荷の低減を理由に(いわゆるSDGsを理由に)、利用客や取引先企業に対する年賀状の送付を取りやめる企業や団体が増えているらしいので、今後も減少傾向が続きそうですね。

 

年賀はがきの総発行枚数の推移

 

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