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2021/07/16

気づくのが遅すぎたような気がする

昨日の朝日新聞に、「人々が緊急事態に慣れ、飲食店も『もう限界だ』との声も聞こえる中で、人々の行動制限だけに頼るという時代はもう終わりつつある」という尾身さんの発言が出ていましたが、

 

少しばかり気づくのが遅すぎたような気がしますね。「もう限界だ」と言えるところはまだ良いほうで、すでにたくさんの飲食店が潰れています…というのが実態ではないかと思います。

 

また、「人々が緊急事態に慣れ」という部分も、慣れてしまったのは国民だけでなく、政府や自治体も同じではないかという気がしますけどね。

 

まあ、宣言を出さなければマスコミから批判され、宣言を出してもマスコミから批判されるので、どうせ批判されるなら出してしまったほうが良いということなのかもしれませんが、

 

宣言の効果がどのくらいあるのかも疑問ですし、それ以前に、これまでに出された3回の宣言の効果については、科学的に検証されているのですかね?

 

例えば、これまでは宣言によって実効再生産数が大きく下がっていたとか、滞留人口が大きく減少していたとか、何かしらの効果があったから今回も宣言を出すというならわかりますよ。

 

また、飲食店に対する営業の自粛要請についてもこれと同じで、それによって大きな効果が得られたから、今回も我慢してほしいということならわかりますが、

 

そうでないのなら、営業自粛の要請なんて出さないほうが良いのではないかなあ…という気がするのですよね。

 

例えば、営業時間を短縮すれば、営業が終わる時間帯に客が集中する可能性もありますし、多くの飲食店が酒類の提供をやめているところで、わずかな飲食店がその提供を続ければ、

 

それらの飲食店に客が集中することにもなりかねず、実際にそうなれば、いわゆる「密」が発生するので、逆効果ではないかという気がするのですよ。

 

それに、飲みたい人は何があっても飲みますよ。これまでは友達とお店で飲んでいましたけど、今は宅飲みにしていますとか、路上飲みをしています…となっているのではないかな…という気がします。

 

まあ、このあたりについては政府や自治体も気にしているらしく、そういったことは控えてほしいというアナウンスも出していますし、警告のために人を巡回させたりもしているようですけどね。

 

ただ、「金融機関や酒販業者を使って飲食店を締め上げます」的な今回の担当大臣の発言は、さすがに問題ありだよなあ…という気がします。

 

もちろん、担当大臣としては、何かしらの成果を出さないといけないわけですし、ただでさえ批判されているところで成果が出なければ、より批判が強まるわけですからね。

 

そうした状況の中、担当大臣として出来ることは何でもしようと考えるのは自然なことだと思いますし、それが今回の発言につながったというのもわからなくはないです。

 

でも、こういう話しは周囲にいる人としっかり打ち合わせをしてから話すべきでしたよね。そうしていれば、たぶん、発言することを止めてくれた人もいたと思うのですよ。

 

それに、大臣になるくらいの政治家経験があるわけですから、こういう時こそ周囲に忖度させます…というくらいでないと、政治家としては失格なのではないかという気もします…

 

といった一週間でしたが、来週はいよいよ東京オリンピック・パラリンピックの開会式ですね。これまでいろいろな議論がありましたけど、開催することになって良かったのではないかと思います。

 

無観客になったことは残念ですけどね。他のイベントは入場者数を制限して開催しているのですから、オリンピックも同じで良かったと思うのだけどなあ…。

 

誰もいないところでの競技って、やるほうも張り合いがないのではないかという気がしますよね。歓声は無いにしても、せめて拍手くらいはある場所のほうが良かったのではないかと思います。

 

あと、これはどうでもよい話しですが、一時期はボイコットするのなんのと言っていたお隣の国の選手団が入国したらしいですね。無理して参加しなくてもいいのになあ…。

 

で、選手村に入ったと思ったら、居住棟に反日的な内容の横断幕を掲げているそうな…。何でも、日本と戦った(と本人たちが思っている?)英雄の名言をアレンジした内容なのだとか…。

 

まあ、相変わらずですよね。そして恐らく、こういうところはこの先も変わらないのだろうと思います。お隣の国は、そういうお国柄ということなんでしょう。

 

でも、今回は政治色が認められないオリンピックに関連した出来事ですので、こうした行為については、正式に、かつ厳重に抗議しても良いではないかと思います。

 

また、これもどうでもよい話しではありますが、東京五輪のボランティアに配付されたユニホームなどが、ネットオークションに出品されているらしいですね。

 

こうした行為はルールで禁止されているということですが、それでもやっちゃう人がいるんだなあ…。まあ、大勢のボランティアの中の、ごく一部の人たちがしていることなのでしょうけどね。

 

でも、どうなんでしょう。

 

よく、ボランティア精神などと言いますけど、今回のような行為は、そうした部分と矛盾するようなことではないかという気がするのですが、やっていて気持ち悪くないのかなあ…

 

というか、ボランティア精神の持ち主が、そもそもそういうことをしようと思いつくものなのかなあ…という気がするのですが、そう感じる自分の感覚がおかしいのかな?

 

まあ、年齢的にも考え方も古い人間なので、自分の感覚が世間からズレているということかもしれませんが、自分には理解できない話しですね…

 

ということで、オリンピックの開会式を楽しみにしています。どんな演出になるのやら…。

 

 

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