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2021/03/29

納得感とは何か?

「上司がおかしいと思うんだよね」

 

今日は仕事あがりに同僚たちと少し雑談をしたのですが、その中で同僚の一人から出た言葉がこれです。話しとしては、どの会社にもあるであろう仕事の愚痴話しなのですが、

 

「上司の指示がおかしい」とか「上司のやり方がおかしい」ではなく、「上司(そのもの)がおかしい」という言葉が出てきたということは、それだけ人間関係が悪化しているということなんだろうなあ…と思いました。

 

まあ、同僚がそう言いたくなる気持ちもわかりますし、そういう人間関係になってしまった原因というか、これまでの経緯も知っているので、今日は…というか、今日も黙って同僚の愚痴話しを聞いていたのですが、

 

いったん人間関係が拗れると、周囲からは何もしようがなくなりますからね。当事者の一方が折れるか、互いに譲り合うか、思い切って決別するかしか解決方法がないのではないかな…という気がします。

 

でも、上司の性格からしても同僚の性格からしても、どちらかが折れるということはなさそうですし、ましてや、互いに譲り合うなんていうこともなさそうなので、たぶん、決別以外に解決方法はないだろうなあ…。

 

上司のほうは、もともと部下に対して無理難題を押し付けてくるような人で、特にソリが合わない部下に対しては、無理難題を通り越して理不尽なことをしたりするような人なのですよね。

 

一方、同僚はと言うと、仕事はできるし、それだけに仕事に対して信念もある人なので、自分が自信を持って正しいと言えることについては、たとえ相手が上司でも譲らないようなところがある人なのですよ。

 

で、そんな二人を見ている自分からすると、仕事の能力は上司よりも同僚のほうが高く、互いの意見が対立したときには、上司よりも同僚のほうが正しかった…ということのほうが多いので、

 

二人のうちのどちらに味方するか…となれば、まず間違いなく同僚のほうを選択すると思うのですが、その一方で、会社というところは、偉い人が正義みたいなところがありますからね。

 

なので、同僚に対しては、できれば上司の顔を立ててほしいと思っています。

 

ただ、同僚にしてみれば、信念を曲げてまで上司の顔を立てるなんて納得できない話しだと思いますし、自分が当事者だったら…といったことを考えると、無理強いはできないよなあ…とも思っています。

 

仕事に限った話しでもないと思いますが、納得感って、すごく大事ですからね…ということで、「上司がおかしい」という同僚の愚痴話しを黙って聞いているわけです。

 

でも、手働き(仕事)ができる同僚なので、同様に気働き(配慮)も勘働きもできると思うので、たぶん、自分が黙って話しを聞いている理由もわかっているのだろうと思いますし、

 

もしかしたら、最後の最後…というか、究極の選択みたいなことが必要になったときには、自分に味方をしてくれるだろう…といったことも考えて話しているのかなあ…という気もしますね。

 

まあ、きわどい状況でどういった選択をするのか…については、実際にその場になってみないとわかりませんが、上司か同僚かを選べ…となったら、やはり同僚を選ぶだろうなあ…。

 

サラリーマンという立場からすれば良くない選択かもしれませんが、そのほうが納得感はあると思うのですよ…といったことを帰りの電車の中で考えていたのですが、そもそもの話し、納得感というのは何なんでしょうね?

 

 

辞書で「納得」という言葉を引くと、「他人の考え・行為を理解し、もっともだと認めること」とありますが、そういう感覚になること。あるいは、そういう感覚でいることが納得感なのかな?

 

まあ、そういうことなのかもしれませんけど、何となく違うような気もする…。

 

何となくですが、納得感というのは、理解とか認知とかいう、どちらかと言えば冷静なイメージの言葉ではなくて、もっと感情的な何かなのではないですかね?

 

例えば、「腑に落ちる」といった言葉がありますが、そういう感覚が納得感であるとか…。

 

この「腑に落ちる」という言葉の「腑」という漢字には、胃や腸などの内臓という意味のほかに、「心の奥底」といった意味もあるらしいのですが、納得感というのは、そういう心の奥底で感じるものなのかもしれませんね。

 

まあ、そうだとすると、今度は心の奥底って何?となりそうですが、少なくとも、頭で考えるようなことではないということなのでしょう。

 

うまく説明できないですが、何かしらの事象を見聞きしたときには、まず最初に、「頭」(脳)でそれが理解できるか。あるいは、認知できるか…といったことを確認する段階がある。

 

次に、「胸」(心)でそれが(感情的に)受け入れられる話しか。あるいは、(感情的に)受け入れられない話しか…といったことを確認する段階がある。

 

そして、その両方で確認が取れた場合(理解や認知ができて感情的にも受け入れられると確認できた場合)に、はじめて「腹」(腑)に落ちる…という一連の流れが納得感なのではないかな?

 

まあ、よくはわかりませんが、「頭では理解できるんだけどなあ…」みたいな表現を耳にすることもありますので、納得感を「頭→胸→腑」の流れで考えるのも悪くはないと思います。

 

また、特に会社の場合は、全員が納得できる話し(というか意思決定)なんてないと思いますので、その意味では、常に納得感を最優先にしてはいけないのだろうとは思いますけどね。

 

実際、「納得感をもとに仕事をするな」とか、「納得できないからコミットしないみたいなことはやめろ」といった話しもありますし…。

 

でも、だからと言って納得感を無視し続けるのも良くないのではないかな…という気もしますね。人間である以上、感情をなくすことはできないですから。

 

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