徳川幕府(江戸幕府)の将軍一覧

◆徳川家康(いえやす)-初代将軍

健康指向で食事は質素。麦飯と魚を好み、野菜の煮付けや納豆もよく食べ、また、飲酒も控えめで長寿だったのは?

 

◆徳川秀忠 (ひでただ)-二代将軍

小田原征伐に際し、実質的な人質として上洛。また、関ヶ原の戦いで信州上田城を攻めて大敗を喫したのは?

 

◆徳川家光 (いえみつ)-三代将軍

乳母は春日局。老中・若年寄・奉行・大目付の制を定め、将軍を最高権力者とする幕府機構を確立したのは?

 

◆徳川家綱 (いえつな)-四代将軍

末期養子の禁を緩和、大名証人制度を廃止、殉死禁止令を出すなど、武力に頼った武断政治から文治政治へ政策を切り替えたのは?

 

◆徳川綱吉(つなよし)-五代将軍

諸藩の政治を監査するなど、積極的な政治に乗り出し、幕府の会計監査を行う勘定吟味役を設置し、有能な小身旗本を登用したのは?

 

 

◆徳川家宣(いえのぶ)-六代将軍

酒税を廃止し、生類憐れみの令も一部を残して廃止し、側用人に間部詮房、学者に新井白石らを登用して文治政治を推進したのは?

 

◆徳川家継 (いえつぐ)-七代将軍

史上最年少の4歳で将軍となり、8歳(満年齢では7歳に満たない)で死去したのは?

 

◆徳川吉宗 (よしむね)-八代将軍

増税と質素倹約による幕政改革、新田開発など公共政策、公事方御定書の制定、目安箱の設置などの享保の改革を実行したのは?

 

◆徳川家重 (いえしげ)-九代将軍

生来虚弱で、障害により言語が不明瞭であった。また、側用人制度を復活させ、田沼意次を大名に取り立てたのは?

 

◆徳川家治(いえはる)-十代将軍

松平武元らと政治に励んだが、武元の死後は幕政を田沼意次に任せ、自らは趣味に没頭することが多かったのは?

 

 

◆徳川家斉(いえなり)-十一代将軍

松平定信が主導した寛政の改革により、積極的に幕府財政の建て直しを図ったが、次第に定信と対立し、最後は定信を罷免したのは?

 

◆徳川家慶(いえよし)-十二代将軍

老中の水野忠邦を重用して天保の改革を行なわせ、また、高野長英や渡辺崋山など、開明的な蘭学者を弾圧したのは?

 

◆徳川家定(いえさだ)-十三代将軍

病弱であり、また、人前に出ることを嫌ったと言われている。また、カステラを作るなど、菓子作りが趣味だったとされているのは?

 

◆徳川家茂(いえもち)-十四代将軍

勝海舟などの幕臣からの信望も厚く、忠誠を集めたと言われている。また、甘いもの好きで虫歯が多かったのは?

 

◆徳川慶喜(よしのぶ)-十五代将軍

禁門の変において、自ら御所守備軍を指揮して長州藩軍を攻撃し、また、安政五カ国条約の勅許を得るために奔走したのは?

 

 

 

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