ニフティサーブ(NIFTY-Serve)の思い出(1)

■中村メール

ニフティサーブに入会してからしばらくの間、節目ごとに運営会社のニフティ株式会社の役員だった中村明さんという方からご挨拶のメールをいただいていました。これらのメールは、会員の間で中村メールと呼ばれるほど有名なメールでした。

中村明さんは、1987年7月から1994年6月までニフティ株式会社の常務取締役だった方で、その間に会員向けの挨拶メールだけで365万通ものメールを送信したそうです。また、1日に200~300通のメールを受け取り、自らそれらに返信をしたそうです。

そんな事情も知らずに中村明さんからのメールに何回か返信したことがありますが、そのメールに対して必ず中村明さんから返信をいただいていました。今になって思えば、自分の返信は中村明さんにとっては負担になっていたはずで申し訳なかったと思います。

役員を退任された1994年は中村明さんにとって満60歳を迎えた年だったようです。日本最初の通信機能付ワープロだった「OASYS 30AF」で試験サービスが始まってすぐのニフティサーブにアクセスしたのが、中村明さんにとってのネットワーク利用の最初だったようです。ネットワークがなければ知り得ないような方々から電子メールを頂き、また実際にお会いすることができるというのがネットワークの醍醐味…といった趣旨のお話しをされていたように記憶しています。

中村明さんの退任の後、後任だった京増弘志さんがその仕事を引きついたようで、しばらくの間は京増弘志さんからメールをいただいていました。こちらも会員の間では京増メールと呼ばれていましたが、1996年頃を最後にそのメールを受け取ることは無くなりました。

 

 

■訴訟

コミュニティでは、時として揉め事が起こります。ニフティサーブも例外ではなく、揉め事が訴訟にまで発展したことがありました。それが「ニフティ訴訟」あるいは「ニフティサーブ現代思想フォーラム事件」と言われた揉め事です。

これは、ニフティサーブのフォーラムの一つである現代思想フォーラム(FSHISO)の電子会議室で、男性会員が女性会員の実名をあげて中傷したことについて、中傷された女性会員が男性会員と運営スタッフであるSYSOP(シスオペ)とニフティ株式会社の三者に損害賠償を求めて1994年4月に提訴したものです。

この訴訟は、ネットワーク上の発言が名誉毀損になるかどうか。そのネットワークの管理者に発言を削除すべき管理責任があるかどうかについて、日本で初めて問われたものでした。1997年5月27日に一審判決が出され、2001年9月5日に二審判決が出されました(確定)。一審では三者に損害賠償責任が認められましたが、二審では男性会員のみ損害賠償責任が認められました。

これ以外にも名誉毀損の損害賠償を求めた「ニフティサーブ本と雑誌フォーラム事件」というものもありました。こちらは、裁判所が「対抗言論の法理」というものを認めたことで話題になった訴訟です。

ネットワーク上の名誉毀損に対しては、対抗言論(反論)によって処理するのが原則で、名誉毀損が成立するのは、平等な立場で反論できないなどの対抗言論が機能しない場合や、プライバシー侵害などに限られる…といった内容だったようです。

 

■東芝クレーマー事件

この事件は、一般人がマスメディアを介さずに世論を喚起することができることを示した事例ではなかったかと感じています。企業にとっても苦情対応の大きな教訓になった事件だったと思います。

1999年、東芝製ビデオデッキを購入した男性が「テープを再生するとノイズが発生する」という不具合について、製品の修理や原因の説明を東芝に求めたが、東芝の対応に納得できなかったため「東芝のアフターサービスについて」と題したホームページを作成してその経緯を公開したのが事の始まりです。

当初、男性はニフティサーブのオーディオビジュアルフォーラム(FAV)の電子会議室で経緯を公開していたそうですが、他の利用者との対立もあってか、そこでのやり取りをやめ、1997年12月にスタートしたホームページサービス「メンバーズホームページ」を使って経緯を公開するようになりました。

そのホームページ上に、東芝との電話でのやり取りを録音した音声ファイルが公開されており、その中での東芝の担当者の「お宅さんみたいのはね、お客さんじゃないんですよ。もうね、クレーマーっちゅうの」という発言があったことや、東芝がやむを得ずホームページの一部差し止めを求めて法的措置をとったことが騒ぎになり、当時の東芝副社長が男性と直接会って謝罪する事態になりました。

 

 

以下は、当時の男性のホームページの内容の一部を要約したものです。

S-VHSテープを再生すると必ず7~8本のノイズが画面上を飛び交い続ける。製品の初期不良なら販売店で同じ機種の新品と交換してもらう。製品の設計上の問題なら別の機種に交換してもらう。いずれにしても販売店と相談するので診断結果を連絡して欲しいと連絡したが、東芝が了解なしに改修を加えた。

以下は、当時の東芝のホームページの内容の一部を要約したものです。

製品の改修は、お客様の要請に対し誠意をもって最善の対応を行ったものと考えている。今回のVTRは品質・性能とも問題がなく、また、改修後も画質の低下はない。製品改修後、お客様からの電話でのお問い合わせに対応した担当者の言葉の中で、礼を失した不適当な発言があった。いかなる事情があろうともあってはならないものであり真摯に反省している。今回の件で、多くの批判と指摘をいただいた。お詫び申し上げるとともに今回の経験を糧に信頼の回復をはたすべく努力していく。

以下は、当時の週刊誌の記事の一部を要約したものです。

男性は「正常に使えるような状態にしてほしい」という書面とともに東芝社長宛にビデオデッキを送った。それに対して東芝はビデオデッキに改修を加え画質をチェックしたうえで返送し技術的説明を行った。しかし、男性は返送されたビデオデッキを開封しないまま、今度は「いい加減なことしかできないんだとおっしゃるのなら、世間の迷惑です」という書面とともに東芝ビデオプロダクツ社長に送った。

 

当事者でないと本当のところは分からないですが、少なくとも東芝の苦情処理には問題があったと思います。また、この事件の後、当時の自分の勤め先にも「ホームページで公開するぞ」という脅し文句つきの苦情が入るようになりました。

 

 

■テレホーダイ

1995年8月、深夜早朝の時間帯(23時~翌日8時)に限り、予め指定した2つまでの電話番号に対し、通話時間に関わらず料金が月極の一定料金になるテレホーダイというサービスがスタートしました。

当時、ニフティサーブを利用するは、ニフティ株式会社が設置したアクセスポイントと呼ばれる場所にモデムという機械を使って電話を使って接続する必要があったため、この電話代が馬鹿になりませんでした。このサービスを使うことで電話代を節約することができるようになったのです。

その結果、このサービスが使える時間帯にニフティサーブを利用する人が増えて、ニフティサーブの動作が遅くなるようになりました。テレホーダイのサービス時間帯は「テレホタイム」と呼ばれていて、その時間帯の動作が遅くなることについて「テレホタイムだからね…」といったことが言われていました。

ちなみに電話代のことは「みかか代」と言われていました。パソコンのキーボードでローマ字の「N」がカナの「み」で、同様に「T」が「か」なので、NTTのことを「みかか」、電話料金を「みかか代」と言っていたわけです。

また、テレホーダイ以外にも、エリアプラス、タイムプラスといった割引サービスがありました。エリアプラスは、1997年12月から始まったサービスで、本来は市外通話として扱われてしまう市内通話区域の隣接区域への通話にも、市内通話の料金が適用されるといったものでした。タイムプラスは、1998年2月から始まったサービスで、3分間10円だった市内通話料金が5分間10円になるというものです。

当時は、これらのサービスの恩恵を受けながらニフティサーブを利用したものでした。ちなみに、タイムプラスが始まった翌年の1999年9月には商用ADSLサービスが開始され、安価な常時接続環境が普及していきました。

この頃のニフティ株式会社は、1997年12月にメンバーズホームページといったサービスを始めるなど、インターネットサービスを意識していたように思います。そして、ニフティ株式会社の広報誌だった「NIFTY SERVE MAGAZIN」の1998年7月号の表紙には「ニフティサーブプロバイダー宣言!」の文字が登場しました。この頃からニフティサーブ終了へのカウントダウンが始まったのかもしれません。

 

ニフティサーブ(NIFTY-Serve)について

ニフティサーブ(NIFTY-Serve)の思い出(2)

 

 

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