ヒューマンエラー:機械の指示を優先する

切迫した危険に対しては、機械の指示で行動することになった事例。

 

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2001年1月31日に起こった「日本航空機駿河湾上空ニアミス事故」以降、航空管制官による指示と、航空機衝突防止装置(TCAS)による衝突回避措置の指示(RA)とが矛盾した場合は、管制官の指示よりも航空機衝突防止装置の指示を優先するように規則が改正されました。

TCASは、衝突するおそれがある双方の航空機の機長ら乗員に対して、上下に相反する回避措置を採るよう、それぞれ音声により指示(RA)する機能などを有する装置です。

 

■日本航空機駿河湾上空ニアミス事故とは

2001年1月31日15時55分頃に起きた日本航空の航空機同士のニアミス事故です。二機の航空機が、わずか20~60mほどの差ですれ違う極めて危険なニアミスで、衝突を回避するために急降下した一方の航空機の乗員と乗客に多数の負傷者が出ました。

また、当時、航空管制にあたっていた実地訓練中の航空管制官と、その指導監督者という立場にあった航空管制官の二人が、業務上過失傷害罪に問われ有罪になりました。

なお、最高裁では5人の裁判官のうち1人が反対意見を述べています。(最高裁判例:平成20(あ)920)

 

■事故の概要

羽田から飛び立ち、高度39,000フィートに向けて上昇中のJAL907便と、成田に向けて高度37,000フィートを飛行中のJAL958便が駿河湾上空で接近したことが事の始まりです。当時は天候も良く、二機は双方の存在を目視できていたということです。事故が起こった15時55分前後の状況は以下の通りです。

54分27秒…管制官が907便に対し35,000フィートに降下を指示。(907便の高度は37,000フィート付近)
54分34秒…958便のTCASが降下するようにRAを出す。
54分35秒…降下準備中の907便のTCASが上昇するようにRAを出す。(管制官の指示と矛盾)
54分38秒…管制官が958便に進路変更を指示したが応答無し。(RAへの対応で余裕が無かった)

この後、ニアミスが起きます。

二機のTCASが相次いでRAを出した後、二機がほぼ同時に降下を始めたため急接近し、衝突を避けようと907便が急降下したため、907便の乗員と乗客に負傷者が出ました。

裁判では、管制官の54分27秒の指示が、958便と907便を言い間違えたもので、これが過失行為に当たるとされました。

 

 

■当時の状況

1. 管制官が全ての情報を即時かつ誤差なく把握できていたわけではない。

・管制官がTCASのRAを即時に知ることができるシステムではなかった。
・管制官はニアミスが起きた後にRAが出ていたことを知った。

2. 907便の乗員に対する教育や訓練が十分であったとは言えない。(同機の降下の原因になった)

・TCASのRAと管制官の指示が相反した際に、どちらを優先するか決まっていなかった。
・TCASのRA(上昇)に従って上昇できるだけの性能があったが、それを乗員は知らなかった。

3. TCAS開発を主導した米国の航空マニュアル等には、RAが管制指示に優先することが明記されていた。

 

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事故が起こると、大抵の場合は、現場に居合わせた人だけが結果責任を問われます。「お前がしっかりしていれば…」という精神論に近いものにも思えますね。現場に居合わせなかった人(管理する人など)も含めて考えたほうが、根本的な解決に結びつくような気がします。

 

今回の過失責任を判断するポイントとしては、以下の4つがあると思います。

 

1. 事故と因果関係があるか。

結果的にTCASのRA(上昇)と相反する管制官の指示(降下)によって二機とも降下することになったと考えれば、管制官の指示と事故とに因果関係があると言えそうです。また、それとは別に、907便がTCASのRA(上昇)と相反する操縦(降下)を行ったことと事故との間にも因果関係がありそうです。

 

2. 事故を予見できたか。

管制官は、自分の指示とTCASのRAが相反していたことを知らなかったので、二機とも降下してニアミスを起こすという認識がどこまであったかは疑問に感じます。

 

3. 事故を回避する最大限の努力を行ったか。

907便への降下の指示や、その後、958便への進路変更を指示していることから、全く努力をしなかったとは言えないと思います。当該機以外の複数の航空機に対しても指示を出さなければいけない中では、むしろ努力がされていたと考えたほうが実態に近いかもしれません。

 

4. 管理は適切だったか。

管制官の指示では間に合わないような切迫した衝突の危険を防ぐためのTCASであるのに、管制官の指示よりTCASの指示が優先されるという規則が無かったことや、907便が降下準備のために推力を絞った状態でも、RA(上昇)に従って機首を上げて上昇することができる性能があったことが周知されていなかったことなどから、十分な指導や教育がされていたのか疑問に感じます。

 

以上から、明らかに管制官に過失があったとは言い切れない状況だったのではないかと思います。

 

 

また、裁判では、管制官が907便に対して出した「35,000フィートに降下」の指示が本当は958便に対するもので、便名を言い間違えたものであるとしましたが、仮にそうであったとしても、907便が958便よりも明らかに高い高度で飛行していたのでなければ、すでに一定の高さで飛行している航空機(958便)をそのまま飛行させ、上昇中の(高度が一定していない)航空機(907便)に対して指示を出すことは、(素人目には)ごく自然なことと思えました。

 

結果は判決の通り、管制官の過失責任ということになりましたが、ヒューマンエラーへの過度の責任追及は、事故原因の究明に必ずしも良い影響を与えないものですので、そうした点も含め、今後に課題を残す事故だったと思います。