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2018/11/12

札幌地裁が慰安婦報道を巡る元朝日新聞記者の損害賠償請求を棄却

 

いわゆる「従軍慰安婦」に関する記事を「捏造」と言われて名誉を傷つけられたとして、朝日新聞の記者だった植村隆さんがジャーナリストの櫻井よしこさんや出版社などを相手に損害賠償などを求めた訴訟について、札幌地裁は請求を棄却する判決を言い渡しましたね。

 

この裁判は、元朝日新聞記者の植村隆さんが、170人にも及ぶ大弁護団を結成して2015年に起こしたものですが、その際、有志によって「植村裁判を支える市民の会」という団体が結成されるなどしたこともあり、当時は結構話題になっていましたよね。

 

この裁判で植村隆さんは、自身が朝日新聞の記者時代の1991年8月に執筆した、韓国のいわゆる従軍慰安婦の証言を取り上げた記事に対して、櫻井よしこさんが雑誌やネット上で「捏造」「虚偽」と断定したことで社会的評価を失墜させられたと主張していました。

 

一方、訴えられた櫻井よしこさんは、「記事への論評は名誉毀損に該当しない」とし、「事実と異なることを書き、記事が誤りだと判明しても意図的に訂正しなかったのならば捏造に当たる」と反論していました。

 

そして今回、これら双方の主張に対して札幌地方裁判所は、櫻井さんの原稿には「(植村隆さんの)社会的評価を低下させる内容がある」としたものの、櫻井さんが取材過程で参考にした韓国の新聞報道や論文などの資料には一定の信頼性があり、櫻井さんが植村隆さんの記事の公正さに疑問を持ったことには相当な理由があったと判断したようです。

 

また同時に、櫻井さんが原稿を書いた目的には公益性が認められるとも判断し、その結果、植村隆さんの請求を退ける判決を下したのですね。

 

この判決に対して櫻井さんは、「裁判所の判断は証拠に基づく適切なもの」とコメントしたそうですが、一方の植村さんは、「正義が法廷で実現されていない」とコメントし、判決内容を不服として控訴したそうです。

 

まあ、原告にとっては「不当判決」ということでしょうから控訴なのでしょうね。でも、どうでしょう。控訴審で原告の主張通りの判決が出るかなあ?

 

 

もともとこの話しは、植村隆さんが、韓国の元慰安婦の証言テープを聞いただけで「『女子挺身隊』の名で戦場に連行された」と、「軍の関与」や「強制性」があったといった記事を書いたことがきっかけの話しですからね。

 

証言の裏を取るなど、しっかりとした取材が行われたのか…と言われれば、「必ずしもそうではない」となる話しですし、実際、後になってから「元慰安婦は連行されたのではなく養父に売られた」ことが判明していますし…。

 

でも、それにも関わらず、植村さんは謝罪も記事の訂正もしませんでしたからね。このあたりは批判されて当然だろうと思いますよ。しかも、批判してきた人たちに対して、言論で反論するならまだしも裁判に訴えたわけですし…。

 

個人的には、この問題の本質は「植村さんの取材が甘かった」というシンプルな話しだと思っています。それを植村隆さんが、「正しいことを書いたのに攻撃された」と、論点をすり替えてしまったから騒ぎになったのですよ。

 

もちろん、植村さんが「自分の意見は正しい」と主張するのは自由です。でも、植村さんが書いた記事が日韓関係に影響したことも事実なのですから、少なくとも「申し訳なかった」という話しから入るべきだったのではないでしょうか。

 

何となくですが、そうしなかったことが、「植村さんが開き直った」といった印象になっているような気がするのですよね。そして、それが植村さんに対する批判が強くなった原因にもなっているような気もします。

 

ただ、この問題は、記事を書いた植村隆さん個人の問題というよりは、その記事を掲載した朝日新聞の問題だと思いますね。朝日新聞は、2014年になってようやく記事の間違いを認めましたが、もっと早くに対応していれば、植村さんもここまで批判されることはなかったと思います。

 

また、そうしていれば、日韓関係もここまで悪くはならなかったのではないでしょうか。そう考えると、「ペンの力」というものは恐ろしいものだな…と思いますね。

 

 

ちなみに、植村隆さんの記事のもとになった証言をした元慰安婦は、「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件」の原告の一人でした。

 

この事件は、日本政府に慰安婦に対する賠償を求めた初の裁判でしたが、その裁判の訴状には、「『女子挺身隊』の名で戦場に連行された」といった記述はなく、元慰安婦は「養父に連れられて中国に渡った」と記述されていたのですよね。

 

そして植村隆さんは、1991年8月に「『女子挺身隊』の名で戦場に連行された」という記事を書いたあと、1991年12月には、この裁判に関する記事も書いていました。

 

つまり植村さんは、少なくとも1991年12月の時点では、元慰安婦が「『女子挺身隊』の名で戦場に連行された」わけではないことを知っていたということですね。(当然、朝日新聞もそのことを知っていた)

 

このあたりの話しも、植村隆さんが批判されている原因になっていると思います。

 

また植村さんは、1991年に取材で韓国を訪れた際、この裁判の控訴人である韓国太平洋戦争犠牲者遺族会で働いていた女性(女性の母親は同会の幹部)と結婚しているのですよね。

 

このことも、植村さんが元慰安婦の事情を知っていたのではないかと疑われる原因になっているようです。

 

なお、この裁判には、社民党の福島瑞穂さんも原告側の弁護士として参加していたのですよね。当然、福島さんも元慰安婦の事情を知っていたことになりますが、国益を守るべき立場の国会議員になってからも、そうした事情には一切触れていません。

 

20181110
福島原発事故の現場写真の前で微笑む福島瑞穂さん

 

慰安婦問題とは、このように曖昧な話しを作為的に取り上げて問題を大きくし、事情が違っていたとわかると、今度は沈黙という不作為で放置するといった人たちによって作り上げられた話しだと思います。

 

そして、そういったことをずっとやってきたのは日本人だったということですね。それをもともと反日体質のある韓国に利用された…というのがこの問題の本質のような気がします。

 

今、日本と韓国は徴用工問題で揉めていますが、慰安婦問題でこじれにこじれたあとの揉め事ですので、解決することはないかもしれませんね。もうここまできたら、このまま疎遠になったほうが良いのかな…と思います。

 

 

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