« 耳鳴りは地震の前兆?地震と耳鳴りの関係はある? | トップページ | 被害妄想ならぬ加害妄想が非現実的な結論を導き出している? »

2018/01/07

東京都美術館でゴッホ展(巡りゆく日本の夢)を鑑賞

 

上野の東京都美術館で開催されている「ゴッホ展(巡りゆく日本の夢)」を鑑賞してきました。ゴッホの作品を鑑賞するのは、同じく東京都美術館で一年前に開催された「ゴッホとゴーギャン展」以来ですね。

 

20180106

 

今回のみどころは、ゴッホと浮世絵の関係性についてです。オランダ生まれのゴッホは、1886年にパリに移り、自らの絵画表現を模索していくことになりますが、そこで大きな役割を果たしたのが日本の浮世絵だったと言われています。

 

ゴッホは、浮世絵版画を模写した油彩画を描き、構図や色彩を学び取っていくとともに、独自の日本イメージを醸成していったそうです。ゴッホにとっての「日本」とは、創意の源であるとともに、夢にまで見た理想郷だったようですね。

 

今回の展示は、第一部「ファン・ゴッホのジャポニスム」、第二部「日本人のファン・ゴッホ巡礼」の二部構成で、日本美術に魅せられたゴッホと、そのゴッホの軌跡を求めてオーヴェール(フランス)へ赴いた日本人たち…といったものになっていました。

 

また、展示されていた作品のうち、「タラスコンの乗合馬車」や「雪景色」などは、日本初公開だったようです。「タラスコンの乗合馬車」の平面性や、地平線を高めに描いた「雪景色」などは浮世絵の影響らしいですね。

 

それと、油彩画の「花魁」などは浮世絵そのものでした。この作品には、花魁を中心にして、その周辺に蛙や鶴などが描かれているのですが、説明によれば、それぞれが別々の版画からとられたものだそうです。

 

おそらくゴッホは、たくさんの浮世絵を見ていたのでしょう。そうした中で、浮世絵の鮮やかな色彩や、作品としての質の高さに魅せられたのだと思います。また、浮世絵を模写するだけではなく、自ら浮世絵を集めて展覧会を開くといったこともしていたようですね。

 

もともとゴッホは、パリで印象派の影響を受け、それまでの暗い色彩を捨てて明るい色彩の作品を描くようになったと言われていますが、それと同じころに、浮世絵の鮮やかな色彩に接したようです。

 

資料によれば、ゴッホが33歳前後のころだったようですね。ただ、そのわずか後の35歳のときに有名な「耳切り事件」(ゴーガンとの口論の末に左耳を切り取る)を起こし、2年後の37歳で亡くなってしまった(自ら死を選んだと言われています)のですよね。

 

そして、そんなゴッホの多くの作品を大切に保管していたのが、ゴッホの最後を看取った医師のガシェでした。その作品は、ガシェ医師が亡くなった後も、彼の息子に引き継がれて保管されていたのですが、それらを一目見ようと、日本人画家たちがガシェ家を訪れていたようですね。

 

まあ、今で言う「聖地巡礼」といった感じだったのではないでしょうか。第二部では、巡礼から生まれた日本近代絵画や、日本画家の橋本関雪がガシェ家を訪問した際の記録映像が展示されていました。

 

なお、この記録映像は白黒の短い動画ですが、当時の様子が動画で記録されていること自体がすごいことだと思いますね。非常に貴重な資料だと感じました。

 

 

« 耳鳴りは地震の前兆?地震と耳鳴りの関係はある? | トップページ | 被害妄想ならぬ加害妄想が非現実的な結論を導き出している? »

「散歩」カテゴリの記事

2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

その他