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2017/12/08

江東区富岡で発生した刃物による殺傷事件について

 

富岡八幡宮の敷地内で起こった刃物による殺傷事件ですが、少しずつ様子がわかってきましたね。

 

7日の午後8時頃、富岡八幡宮の女性宮司(58)と宮司専属の男性運転手(33)の2人を、女性宮司の弟(56)とその交際相手の女性が刃物で襲撃し、その後、弟が交際相手の女性を刃物で刺し、自分も自殺を図った…というのが、今回の事件の概要です。

 

事件後、4人とも病院に搬送されたようですが、女性宮司、宮司の弟、弟の交際相手の3人が搬送後に亡くなったそうで、また、男性運転手も腕に怪我をしているようですが、重傷とのことです。

 

自分がこの事件を知ったのは7日の午後10時頃ですが、その時の報道は、「午後8時30分頃に江東区富岡で男女4人が日本刀のようなもので切りつけられる事件が発生した」といった内容でした。

 

その後、「50代の男性1人と30代の女性2人が病院に搬送されたが意識不明の重体」といった内容が伝わり、それが「そのうち女性1人が死亡」といった内容に変わり、さらに、「容疑者の男性も病院に搬送されているようだ」といったことが伝わってきたのですよね。

 

この事件を最初に聞いたときは、「江東区富岡といえば富岡八幡宮の近くだよな」ということと、「通り魔かな」といったことが頭に浮かびましたが、さすがに被害者も容疑者も神社の関係者だとは思いませんでした。

 

富岡八幡宮といえば、歴史ある神社(寛永4年=1627年創建)ですし、勧進相撲(現在の大相撲の原点)発祥の地として有名ですからね。そうした場所が殺人事件の現場になるなんて夢にも思わなかったです。

 

 

この事件の原因は、女性宮司とその弟の間の「宮司職」を巡るトラブルではないかと言われているそうで、関係者の話しでは、「弟は姉の悪口を言うなど精神的に不安定な様子だった」とのことです。

 

女性宮司(姉)と弟は、富岡八幡宮の宮司を務める一家の生まれだそうで、父親が宮司を退任したあと、しばらくしてから姉が宮司を務めるようになったようですね。(弟も一時期は宮司だった…といった話しも伝わっています)

 

また、これ以外に伝わってきている話しは、富岡八幡宮が神社本庁(日本各地の神社を包括する宗教法人)から離脱していたことや、女性宮司がブログで「神主のセクハラやパワハラ」に触れていたことなどですね。

 

神社本庁からの離脱については、2010年に先代の宮司(父親)が退任したあと、姉を宮司にするように神社本庁に具申していたのに、長い間任命されないままで理由も明かされなかったことが原因だったようです。

 

この件と今回の事件との因果関係は不明ですが、ひょっとしたら、富岡八幡宮が神社本庁を離脱したことに対して、弟に何かしらの思いがあったのかもしれません。

 

そしてブログの件については、女性宮司が事件当日(7日)の午後14時45分に「世の中間違ってやしませんか?」とのタイトルで、ブログを更新していた…というものです。

 

その記事は、「一部神社の神主のセクハラやパワハラ」に言及した上で、「次回同じことがあったら、実名公表します」といった内容で締めくくられているのですよね。

 

また、別な記事には、「近所の警察署を訪れた」(訪れた理由は不明)ことも書かれているそうですので、このあたりの事情がわかると、もう少し事件のことがわかるのかもしれませんね。

 

 

2017.12.08 追記

 

女性宮司とその弟の間の「宮司職」を巡るトラブルは、富岡八幡宮が弁護士名で弟に警告文を出す事態に発展していたそうです。女性宮司の胸には深い刺し傷があり、警視庁は弟が強い殺意を抱いていたとみているようです。

 

2017.12.09 追記

 

弟の交際相手と報道されていた女性は、弟の妻(49)だったようですね。また、以前から女性宮司(姉)と弟の間には、宮司職を巡るトラブルがあったそうです。報道を見る限りでは、弟が一方的に恨みを抱いていたような気がしますね。

 

2017.12.12 追記

 

容疑者の弟夫婦は、女性宮司(姉)の行動を監視するため、今年の6月末に事件現場から30メートル離れたマンションの5階の部屋を借りていたそうです。また、室内からは双眼鏡や日本刀などの刃物の他、殺害と自殺の意思を記した紙片などが見つかっているようです。

 

紙片には、「積年の恨みから殺害することにした。責任を取って自害する」と書かれていた他、容疑者の妻の名前があり、「自害するつもりだが万が一恐怖のあまりできない場合は、夫にほう助を依頼している」といったことが書かれていたそうです。

 

なお、捜査関係者の話しとして、容疑者夫婦は事件当日の午後7時半頃にこの部屋を出て現場付近の民家の間に身を潜め、その約1時間後に帰宅した女性宮司(姉)と男性運転手を襲撃したといったことなどが伝わっています。

 

2017.12.13 追記

 

容疑者の弟は、犯行前にA4で8枚の遺書を書いて関係者に送付していたそうですが、一部の週刊誌によれば、その宛先は2,300か所にもおよんでいるようです。

 

また、遺書には、今回のお家騒動に対するお詫びや、姉との30年におよぶ確執、富岡八幡宮からの姉の永久追放と自身の宮司就任の要求などが綴られていたそうです。

 

当初、この遺書は、事件の直前に容疑者がポストへ投函したと報じられていましたが、実際は、事件翌日に別の人物がポストへ投函したのではないかとの話しもあるようです。

 

 

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