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2017/11/25

重い十字架を背負う凶悪事件の「加害者の家族」と「被害者の家族」

 

特異な凶悪事件として注目された座間9遺体遺棄事件ですが、事件後、容疑者の家族(父母と妹)が姿を消したそうです。加害者家族を支援しているNPOの関係者の方が言うには、今回のような重大事件の場合、容疑者の家族はほぼ間違いなく転居や退職を余儀なくされるようですね。

 

例えば、もう30年近く前になりますが、昭和63年(1988)から平成元年(1989)にかけて東京都北西部から埼玉県南西部で発生した、いわゆる「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」(警察庁広域重要指定117号事件)でも同様だったそうです。

 

この事件を起こした宮崎勤死刑囚には、両親の他に姉妹二人と兄弟二人の家族がいたようですが、事件後は、家族のもとに「お前たちも死ね」などといった嫌がらせの手紙が殺到したそうです。

 

そして、事件から4年後の平成6年(1994)、父親は自宅を売却し、その代金を被害者の遺族に支払う段取りを付けた後、多摩川にかかる橋から飛び降り自殺を遂げています。

 

確か当時は、この自殺について「現実逃避」「被害者家族を顧みない行為」といった批判が出ていましたよね。他人から言われるまでもなく、父親自身が一番わかっていたと思いますけど…。

 

それ以外の家族も、長女は職場を辞め、結婚が決まっていた次女は自ら婚約を破棄し、兄弟も職場を辞めたそうです。また、家族だけでなく、親戚の中にも退職や離婚などをした人たちがいたようですね。

 

また、平成9年(1997)に起きた「神戸連続児童殺傷事件」でも、犯行を行った少年の逮捕後、父親は職場を追われて母親とも離婚。母親も少年の弟とともに人目を避ける生活を強いられ、各地を転々としたと言われています。

 

 

そして、平成20年(2008)に起きた「秋葉原通り魔事件」でも、事件を起こした加藤智大死刑囚の家族は、その日のうちに引っ越しをし、各地を転々としていたそうです。

 

その後、父親は職場を辞め(職場に事件を非難する電話が殺到したためと言われています)、母親とも離婚しています。また、加藤死刑囚の弟は、「生きている意味がなくなった」として、自らの命を絶っています。

 

弟には交際していた女性がいたそうですが、結婚の話しが出た際、相手の家族から猛反対されたようです。このことについては本人も辛かったと思いますが、交際相手やその家族にとっても、同様に辛かったのではないかと思います。

 

このように、家族が重大事件の犯人という心理的な負担が大きい中、職場も追われて日常生活も立ち行かなくなったり、場合によっては巨額の損害賠償を負担することになったりと、加害者の家族というだけで重い十字架を背負うことになるのですよね。

 

また、こうしたことは加害者の家族だけでなく、被害者の家族にとっても同様だと思います。今回の座間9遺体遺棄事件でも、被害者の氏名や顔写真が報道されましたが、被害者家族にとっては、それが大きな負担になったと思います。

 

そもそも、こうした特異な事件について、被害者まで実名報道する必要があるのかは疑問ですよね。知る権利…という話しもあるのかもしれませんが、そこまでして知りたいものでしょうか。世の中には、知る必要のないこともあると思うのですが…。

 

 

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