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2017/10/30

「希望の党」で思い出した「フロム・ファイブ」と「太陽の党」

 

今日の東京は、台風一過の晴天で気温もそこそこ上がりましたが、北風があった分だけ体感温度は低かったかな…といった感じでしたね。ひょっとして、この北風は木枯らし一号だったのかな?

 

さて、話しは変わって希望の党の関係ですが、党内の人事は、幹事長も民進党出身者、政調会長も民進党出身者(幹事長が兼任)、国会対策委員長も民進党出身者になったそうですね。

 

また、希望の党の当選者の68パーセントが安保法制を評価していないらしいので、当初から言われていた通りですが、やはり希望の党の実態は第二民進党ということなのでしょう。

 

そういえば、小池さんがパリに出張していたときに代表代行を務めた樽床さんも民進党出身者でしたよね。希望の党には、民進党出身者以外でそういったことをできる人がいないのだろうと思います。

 

それに、党内から党首批判をしている人たち(これも民進党出身者)がいるあたりも民進党っぽいです。どんな集団でも、多かれ少なかれ足の引っ張り合いはあると思いますが、民進党の場合、特にそれが目立っていましたからね。

 

しかしまあ、民進党を出て希望の党から出馬して、小選挙区で落選して比例で復活した人までが党首批判とは…。批判すべきところは批判する…と言えば聞こえは良いですが、ちょっとどうかと思いますね。

 

過去にも短命に終わった政党はありましたが、今のような感じですと希望の党もそうなるかもしれません。まあ、最初からそういう運命だったのかもしれませんし、ずるずると続くくらいなら、解散してしまったほうが潔いかも…。

 

 

ちなみに、短命だった政党というと、自分はフロム・ファイブとか太陽の党のことを思い出します。あまりに短命だったので、そんな政党があったこと自体を知らない…という方もいらっしゃるかもしれませんけどね。

 

簡単に紹介しますと、フロム・ファイブという政党は、今から20年前の平成9年(1997年)12月に結成し、翌年の1月に解散した政党です。希望の党の代表代行だった樽床さんも、当時はここに所属していたのですよね。

 

また、太陽の党は、都知事だった石原さんが、都知事を辞めた直後に所属した政党で、平成24年(2012年)11月13日に結成したのですが、直後に衆議院が解散してしまったため、その5日後の17日に太陽の党も解散しました。

 

といった感じですが、ここまでではないにしても、希望の党も近い将来に解散することになるのではないでしょうか。まあ、解散するにしても、来年の1月に政党交付金(政党助成金)を受け取ってから…となるような気はしますけどね。

 

何だかんだ言っても、もらうモノはもらってからのほうが良いだろうという話しになると思います。もらった後に分党(分割に伴う解散)すれば、お金は引き継げる(分け合える)はずですし…。

 

そしてその後は、分党した各政党が既存の政党に合流するとか…。合流(合併に伴う解散)してもお金は引き継げるはずですし、このようにすれば、考えの近い人同士で政党を作れるでしょう。

 

また、希望の党だけではなく民進党も揉めているようですので、こちらも同じようなことになるのではないでしょうか。その結果、希望の党、民進党、立憲民主党の三党が、最終的に右と左の二党に再編されたりして…。

 

まあ、先のことはわかりませんが、こういう話しになっても不思議ではないですよね。そして、その二党で森友問題や加計問題を蒸し返し、予算委員会でプラカードを掲げて大騒ぎするとか…。看板が変わったところで、中身は同じですし…。

 

 

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