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2017/09/16

踏まないことが前提の踏み絵、踏むことが前提の日の丸

先週末、SNSのTwitterを運営しているTwitter社の日本法人前で、同社に対する抗議活動が行われたそうですね。同社がTwitter上のヘイトスピーチを削除せずに放置している…といった主張の抗議活動のようです。

 

具体的には、抗議をした人たちが言うところの(彼らの定義による)「Twitter上のヘイトスピーチ」を印刷した多数の紙を同社前の公道に広げて、それを土足で踏みつけるという抗議活動だったそうです。

 

また、この抗議活動に対しては、「ヘイトスピーチを土足で踏みつぶす正義がカッコいい」「ヘイトスピーチが野放しになっている状況を改善してほしい」といった肯定的な意見も寄せられているようですね。

 

でも、自分たちの基準で他人の発言をヘイトスピーチと認定し、それを土足で踏みつけるという方法はどうでしょうね。抗議活動ですので、周囲から注目されるような手段を選択したということかもしれませんが…。

 

それに、誰かの発言を制限するということは、自分の発言が制限されることもあるということですからね。こうした抗議活動の結果は、いつか自分たちに返ってくるような気もします。

 

 

確かに、表現の自由があるからといって、何を言っても構わないということはないと思いますが、自分が気に入らない意見であっても他人の意見は聞く…というくらいのほうがバランスとしては良さそうです。

 

自分はこの話しを聞いたとき、二つのことを思い出しました。一つは、学生時代に歴史の授業で習った「踏み絵」ですね。踏み絵は、いわゆる「キリシタン狩り」で使用された、イエス・キリストや聖母マリアが描かれた板のことです。

 

当時の日本ではキリスト教が禁じられていたため、「絵踏み」と称して、人々に「踏み絵」を足で踏ませて、踏めなかった人を異教徒として逮捕・処罰していたのですよね。

 

2017_fumie

 

そしてもう一つは、お隣の韓国での出来事です。国が変われば文化?も変わるということでしょう。写真のように、自国の国旗を手に持って、他国の国旗(日の丸)を土足で踏みつけています。

 

まあ、どちらも何かに該当する人や反対する人を探す(というよりは「燻りだす」ですね)ための行為ですが、違いがあるとすれば、踏むことが前提になっている韓国と、踏めないことが前提になっていた日本(当時)ということですかね?

 

 

韓国の場合、日の丸を「踏む」ことで自国への忠誠(親日ではないこと)が証明されるのだと思いますが、日本(当時)の場合、踏み絵を「踏まない」ことで宗教への忠誠(信仰心)が証明されるわけですからね。

 

それと、韓国で思い出しましたが、平成27年(2015年)にソウルの日本大使館の一部を占拠した大学生たちの裁判で、事実上の無罪判決が出たという記事(韓国語の記事です)がありました。

 

この事件は、慰安婦問題に関する日韓合意に反対する団体に所属していた大学生たちが、日本大使館に無断で侵入し、その一部を占拠した事件ですが、いわゆる「反日無罪」ということでしょうね。

 

一審判決は罰金刑だったのですが、今回の(二審)判決で見事に覆りました。日本では執行猶予という判決がありますが、韓国では宣告猶予という判決があるそうで、今回の判決は、その宣告猶予だったようです。

 

執行猶予というのは、「有罪だがその執行を猶予」するというものですが、宣告猶予というのは、「罪の有無の宣告を猶予」するものだそうで、判決後、二年間問題を起こさなければ有罪になることは無いそうです。

 

こんな感じですので、慰安婦合意も無かったような話しになっているのだと思いますし、徴用工問題に関する裁判も、有罪のオンパレードになるのでしょう。どちらも厄介な話しです。本当に困ったものですね。

 

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