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2017/07/16

日本郵船歴史博物館…近代日本海運の黎明期から今日に至るまで

横浜にある日本郵船歴史博物館を見学してきました。この博物館は、横浜郵船ビルをリフォームした際に併設された施設で、近代日本海運の黎明期から今日に至るまでが展示しています。

 

20170716

 

ビルの外観からは、昔の銀行のような印象を受けますね。昭和11年(1936年)、日本郵船株式会社創立50周年を記念して建てられたビルだそうです。船荷証券を発行していた関係で、銀行のようなデザインにしたのではないか…とのことです。

 

常設展示は、以下の8つのゾーンで構成されています。各ゾーンには、数年前に日本に返還された氷川丸の模型など、当時の豪華客船の模型も展示されており、見どころの一つになっています。

 

1.日本をひらく

開国して欧米諸国に追いつこうとしていた時代の展示です。前島密の願状(日本の船会社が欧米諸国との競争に負けないよう、国に支援を求めた書状)のことや、官有船(国有の船)の払い下げで民間の船会社に活力が生まれた様子がわかります。

 

2.日本郵船誕生秘話

国の指導による船会社の合併で日本郵船が誕生した頃の展示です。それまでの和船に代わって西洋の近代船が登場してきた様子や、当時の船員教育の様子などがわかります。航海に使用する計器も展示されています。

 

3.世界にひらく

遠洋航路が開かれて日本の貿易が発展を続けていた時代の展示です。日本はこの頃、世界第三位の海運国になっていました。インドからの綿花(当時の主な産業だった綿糸紡績の原料)の輸入や、海運の発展とともに造船業が発達した様子がわかります。

 

4.豪華客船時代の到来

世界各国で豪華客船が建造される中、日本でも浅間丸をはじめとした豪華客船が建造されていた時代の展示です。当時の豪華客船の様子や、貿易競争の中、少しでも早く運べる高速船を建造していたことがわかります。

 

 

5.戦争と破壊

大東亜戦争(太平洋戦争)の最中、豪華客船が次々と軍事用に改造され、多くの人々の命と船が失われた時代の展示です。この時代、日本郵船は所有している船の8割を失っています。理不尽なことに、国からの補償もありませんでした。

 

6.復興への道

サンフランシスコ講和条約により日本が独立国として認められた頃の展示です。GHQによる占領時代には、船の大きさや速力が規制され、船を動かすにもGHQの許可が必要だったことや、船への国旗や社旗の掲揚が禁止されていた様子がわかります。

 

7.総合海運会社へ

日本が高度経済成長期を迎えた時代の展示です。貿易が盛んになり、それまでよりも効率的な船が登場してきた様子がわかります。今では一般的なコンテナ船やタンカー、鉱石専用船などが紹介されています。

 

8.安定成長への対応

LNG船(液化天然ガスを運ぶ専用船)などのライフラインを支える船や、自動車専用船などの産業を支える船が登場してきた時代の展示です。貨物などを合理的かつ効率的に運べるような工夫がされている様子がわかります。

 

現在、外国との貿易で運ばれる貨物の99パーセント以上は船による輸送です。また、国内で運ばれる貨物についても、約40パーセントが船による輸送で、船舶は私たちの生活に欠かせない存在になっているのですよね。

 

ちなみに、日本船主協会という一般社団法人があって、そこのサイトでは、海運関係の統計資料や海運用語を見ることができるようになっています。どれも、ふだんはあまり目にすることのない資料ですね。

 

 

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