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2017/07/30

PKO日報問題の本質は隠蔽があったかどうかではないと思う

民進党の蓮舫代表が辞任したと思ったら、今度は稲田防衛大臣が辞任しましたね。蓮舫さんが代表に向いていなかったのと同様、稲田さんも大臣に向いていなかったと思います。日報問題も、稲田大臣の統率力不足が招いた結果だったかもしれませんね。

 

ただ、今回再燃した日報問題は、よくわからない話しでした。もともとの日報問題は、破棄したと言っていた日報が、実は防衛省の内部に存在していました…という話しで、存在していた日報は、2月の上旬に情報公開されているのですよね。

 

一方、今回の日報問題は、(その情報公開後の)2月の中旬に行われた会議で、稲田大臣が日報の隠蔽を了承した…という話しでした。順序のおかしな話しですので、最初にこの話しを聞いたときには、何が問題なのかがわかりませんでしたね。

 

結局、理解できたのはいくつかの報道を見てからでしたが、今回の件は、情報公開した日報が保管されていた部署とは違う部署でも同じ内容の日報が見つかって、それを公開するのかどうかという話しだったようです。

 

違う部署で見つかった日報が公文書扱いの文書だったのか、単に職員が個人的に保管していた文書だったのかなどの詳細はわかりませんが、仮に公文書だったとしても、すでに情報公開したものと同じ内容のものであったのなら、大した話しではないと思います。

 

 

今回の話しは、日報の隠蔽があったのかどうかが問題なのではなく、大した話しでもないことが大騒ぎになったこと自体が問題なのではないでしょうか。ひょっとしたら、防衛省の内部からメディアなどに対して、意図的な情報漏洩があったのかもしれません。

 

まあ、実際のところはわかりませんが、仮にそうであれば、文民統制(シビリアンコントロール)という点で非常に問題だと思います。防衛省の内部に、大臣に反した動きをしている人間がいるということですからね。

 

今回、防衛大臣、防衛省の背広組のトップ(事務次官)、制服組のトップ(陸上幕僚長)の三人が辞任したのも、そうした深刻な話しだったからなのかもしれません。文部科学省といい、防衛省といい、最近の霞が関は少しおかしいのではないですかね。

 

また、今回の件を良い機会と考えて、公文書のあり方も再検討したほうが良いのではないでしょうか。一見すると、何でも公開というのが正しいように感じますが、それによって公文書を残すことのデメリットが大きくなり過ぎると、将来の検証に耐え得る公文書が残らなくなってしまうと思います。

 

日々の出来事を日報にしているだけなのに、それが発端になって大臣も事務次官も陸上幕僚長も辞任することになり、気づいたら関係者まで左遷されていた…となったら、怖くて日報なんて残せませんよね。そうなれば、PKOの実態などが誰にもわからないものになってしまうと思います。

 

 

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