« 東芝と聞くとサザエさんや三億円事件を思い出す | トップページ | 在宅勤務のデメリット・オフィス勤務のメリット »

2017/02/14

多文化共生も限度を超えると他文化強制になる

最近の報道で気になったものが2つありました。1つはイスラム教徒(ムスリム)の子どもたちの学校生活に関するもので、もう1つは朝鮮学校に対する補助金の停止に関するものです。

 

1つめのイスラム教徒の子どもたちの学校生活に関する報道は、ハラール(イスラム法で許された食材や調理方法)ではない学校給食や、イスラム教で定められた時刻に行うサラート(礼拝)に苦慮しているという話しです。

 

イスラム教徒の女性が頭にかぶるヒシャブを禁止されることもあるということで、子どもたちの保護者は、ルールだから駄目というのではなく、柔軟な対応を検討してほしいと理解を求めているそうです。

 

 

2つめの朝鮮学校に対する補助金の停止に関する報道は、山口県庁前で行われた朝鮮学校への補助金停止に反対する座り込みについて取り上げたもので、多くの日本市民が参加して、同胞たちとともに怒りの声をあげている…とありました。

 

どのような状況であっても、子どもたちの学ぶ(民族教育を受ける)権利は保障されなければならない。歴史や差別といった問題を正しく理解しないといけない…などと、(補助金が支給されないという)差別の撤廃を訴えているそうです。

 

どちらも最近言われている「多文化共生」についての話しですね。確かに、互いの国籍や民族、文化的な違いを認め合って、対等な関係を築きながら共に生きていこう…ということ自体は良いことだと思います。

 

ただ、互いに「認め合う」ことと相手の主張を無条件に「受け入れる」ことは違いますよね。1つめのムスリムの方の話しにある「理解してほしい」なども、一方的な主張であってはいけないと思います。

 

 

イスラム教について理解することは大切ですが、ムスリムの方にも、日本人の宗教観について。公立学校の給食や授業の中での特別扱いがどれほど難しいかについてなどを理解していただく必要があると思います。

 

でも、おそらくは理解してもらえないでしょう。(あくまでも個人の印象ですが)いわゆる一神教を信仰されている方(ムスリムに限らず他の宗教を認められない方)は、他人に対しては理解を求めても、自分は絶対に譲らないですからね。

 

そして、朝鮮学校の補助金についての「権利は保障されるべき」ですが、他国の民族教育のために税金から補助金を出す必要はありませんし、今まで補助金が出ていたのもある種の好意であって、それを権利と勘違いされては困ります。

 

ましてや、補助金の停止に対して差別と主張するのは明らかな間違いです。自分たちの主張が通らなければ差別。自分たちが少しでも批判されると差別…では、互いに認め合うことなどできませんよ。

 

 

多文化共生というと聞こえは良いですが、これら2つの事例をよく見てみると、多文化共生も限度を超えると他文化強制(日本人に対する外国文化の強制)になる可能性がある…ということではないかと思いますね。

 

ところで、「日本市民」という言い方って変ではないですかね。「日本国民」とか「日本人」ではなく、わざわざ「日本市民」と表現しなければいけない理由でもあるのでしょうか。最近のニュースは、よく分かりませんね。

 

« 東芝と聞くとサザエさんや三億円事件を思い出す | トップページ | 在宅勤務のデメリット・オフィス勤務のメリット »

「日記」カテゴリの記事