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2016/07/03

人は誰でも間違える - ヒューマンエラー

このところ職場で些細な作業ミスが続いていまして、少しばかり問題になっています。幸い、人的被害が出たり、ネット販売で価格を低く設定してしまったために大きな損失が出たり…といったようなことはありませんが、あまり良い状況ではありません。

 

職場で起きていることは、いわゆるヒューマンエラーですね。「人は誰でも間違える。しかし、間違いを防ぐことはできる」といった言葉があるように、ヒューマンエラーについては、人は間違うものだということを前提にして、間違わない仕組みを作ることが大切と言われています。

 

 

人の注意力には限界がありますからね。注意深く慎重と言われるような人であっても、疲労が重なったりすればミスを犯します。それは、作業する人が初心者であろうがベテランであろうが、作業の内容がルーチンワークであろうがそうでなかろうが同じなのですよね。

 

ところが、こうした問題が起こると「弛んでいる」みたいなことを言い出す人が出て、間違わない仕組み作りよりも犯人探しや叱責・ペナルティみたいな話しになりやすいです。そうした対応が一切不要だとは言いませんが、それでは根本的な解決にならないです。

 

そうしたことよりも、決められた作業手順や確認手順にミスを誘発するような問題点がないかをチェックしたり、慣れたから問題ないとか、この程度なら省略して構わないといった過信によって、それらを省略していないかもチェックして、見つかった問題点を改善するほうが良いです。

 

特に、機械やコンピューターを使うような作業であれば、人のちょっとしたミスがそれによって増幅され、大きな事故や被害を生みだす場合もありますからね。ヒューマンエラーが注目されるようになったのも、人が扱うエネルギー量が増えたことや、人が機械の進化に追いつけないことからだと思います。

 

ということで、犯人探しや叱責に関心の強い人は無視しつつ、作業手順の確認などをし始めたのですが、何となく、作業手順には問題がなく、作業している人の疲労(というよりは心理的な負担感)が原因ではないかと感じています。

 

どこも似たような感じではないかと思うのですが、人手は増やせないけど作業は増えるということがありますよね。それが作業する人にとって意味のあること(評価されているとか成果につながっていると感じているなど)ならまだ良いと思うのですが、そうでないと負担になるだけです。

 

 

今の職場を見てみると、そのようなところがあるのですよね。組織って、やはり最後は「人」なんです。意味のない仕事を無くしていきつつ、感謝されているとか評価されているといった印象を持ってもらうことが一番解決に近いような気がしています。

 

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