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2016/03/11

心の指定席を守れば強く優しく生き抜くことができる

早いもので東日本大震災から今日で5年が経過しました。皆さんそれぞれに感じるところがあると思いますが、自分自身のこの震災に対する記憶は、時間の経過とともに薄れていっているな…といった気がしています。

 

それは、震災当時の自分の経験が、電車が止まってしまって大変だったとか、しばらくはスーパーに行ってもモノが無かった…といった出来事だけだったからだと思います。

 

その一方、震災によって家族を亡くした方や故郷を失った方もいて、そうした方々にとっては、今でも忘れがたい出来事だと思いますし、心のどこかに、当時の記憶が鮮明に残っているのではないでしょうか。

 

残された人が悲しんでいるうちは、亡くなった方が天国に行けない…などと言いますが、愛する人を失ったら、そう簡単に悲しみから抜け出すことはできないですよね…。

 

人はどうすれば、そういった悲しみから抜け出せるのだろうと考えていたとき、偶然に竹内薫さんという方が書かれたエッセイ「また、おいで」を読む機会がありました。

 

子どもの頃に拾った犬と20年暮らし、その犬が亡くなった際にできた、心の中にぽっかりとあいた大きな穴…に関するお話しです。自分はこの話しを読んで、何となくその答えが見えたような気がしました。

 

以下は、エッセイの内容の一部です。出先で読んだもので手元にないものですから、自分の記憶を頼りに自分の言葉で書きました。

   *

動物であっても人間であっても、命を全うして天に召されますが、そのたびに自分の心の中に穴があいて埋まることがありません。それは、私をおいて行ってしまった愛すべき者たちの指定席で、別の誰かが座ることはできないものです。

そうした心の中の指定席を守ることができれば、昨今の殺伐とした世の中を強く優しく生き抜くことができるのではないでしょうか。私は亡骸に「また、おいで」と声をかけます。我が家で語り継がれる心の言葉です。

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死生観は繊細なテーマで、それに対する考えも人それぞれですし、自分は震災で大切な人を失うような経験をしてはいませんので、この記事を読まれて気を悪くされた方もいらっしゃっるかもしれませんが、お許しいただければと思います。

 

 

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