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2016/02/09

政治的公平性を求めないという選択もあり?

衆議院の予算委員会では、4日に引き続き昨日も、政権に批判的とされる看板キャスターの降板が相次いでいる…といった質問があったようですね。昨日は、放送局の電波停止が起こり得るのではないか…との質問もあったそうです。

 

この質問に対して総務大臣は、放送局が政治的公平性を定めた放送法の違反を繰り返した場合、電波法に基づき電波停止を命じる可能性があることに言及したそうです。

 

行政が何度要請しても全く改善しない放送局に対して、何の対応もしないとは約束できないとして、放送法は倫理規定ではなく法規範性を持つもの(=法的拘束力がある規定)といった点を強調したようです。

 

古くは(といっても1993年ですが)椿事件。最近であれば、安保関連法案について、メディアは廃案に向けて声をあげ続けるべきと主張したニュース番組のキャスターなどの問題もありましたので、こうした言及についてはやむを得ないかな…と思います。

 

特に椿事件は、政治的な偏向報道が疑われた事件で、日本の放送史上で初めて、放送法違反による放送免許の取消処分が真剣に検討された事件だったとも言われています。

 

テレビ局の報道局長が、選挙の際の局の報道姿勢に関して、現政権の存続を絶対に阻止して、なんでもよいから新政権を成立させる手助けになるような報道をしよう…といった趣旨の発言をしたことが問題になった事件でした。

 

放送法が政治的公平性を求めている以上、こうした発言自体も問題ですし、実際にこの発言通りのことが行われていたなら、明らかな違法行為ですので、何かしらの処分を受けても仕方がないと思います。

 

ただ、この事件以降のテレビを見ても、これが公平中立なのか…と思うことはしばしばありましたので、そもそも、メディアに公平性や中立性を求めること自体が間違いなのかもしれませんね。

 

いっそのこと、放送法から政治的公平性の規定を削除して、各メディアは支持政党を明確にしてから報道すれば良いのではないでしょうか。公平中立を装って偏向するのは問題ですが、偏向を宣言して偏向するのであれば、問題ないと思います。

 

 

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