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2016/01/09

時系列でみた慰安婦問題

ネット上で調べたものを時系列にしてみました。1990年以降、申し合わせたかのように騒ぎが大きくなっていますね。特に、予算委員会での「事実もある」という質問の根拠は何だったのかが気になりました。

 

また、年末の日韓合意から2週間もしないうちに、在韓日本大使館前に新たな慰安婦像が設置されたことには驚きました。ここまでくると、宿痾なのではないか…と思ってしまう人も出てくるのではないでしょうか。

 

【1973】

千田夏光氏が、著書の中で従軍慰安婦という言葉を初めて使った。

 

【1977】

吉田清治氏が、著書の中で女性を強制連行して慰安婦にしたと告白した。

 

【1982】

朝日新聞が、吉田清治氏の告白を報道した。

 

【1989】

吉田清治氏の著書が韓国で翻訳され、韓国の新聞社の記者や郷土史家が現地調査を行ったが、告白を裏付けるような事実は見つからなかった。郷土史家は、吉田清治氏の著書を軽薄な商魂の産物だと批判した。

 

【1990】

本岡昭次氏が、参議院予算委員会で「強制連行の中に従軍慰安婦という形で連行されたという事実もあるんですが、そのとおりですか」と、いわゆる従軍慰安婦について質問した。

韓国で挺対協が結成された。

 

【1991】

韓国人である旧日本軍の軍属や慰安婦への恩給不支給は違法として、東京地裁に損害賠償請求訴訟が起こされた。高木健一氏や福島瑞穂氏らが弁護士として訴訟に関わった。

 

【1992】

宮沢喜一首相の訪韓直前、朝日新聞が慰安所に旧日本軍が関与といった報道をし、「慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・慰安婦の街生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等につき、政府の関与があったことが認められた」といった、いわゆる加藤談話が出された。

宮沢喜一首相が日韓首脳会談で謝罪した。

歴史家の秦郁彦氏が現地調査をし、吉田清治氏の著書に根拠がないと産経新聞などに発表した。

いわゆる従軍慰安婦への謝罪と賠償を求める訴訟が山口地裁下関支部に起こされた。

在韓日本大使館の前で、いわゆる水曜デモが始まった。

戸塚悦朗氏が、Sex slavesという表現を使い、慰安婦問題を国連人権委員会に提起した。

 

【1993】

「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」といった、いわゆる河野談話が出された。

金泳三大統領が最終決着と決断したが、挺対協などが反発した。

いわゆる従軍慰安婦への謝罪と賠償を求める訴訟が東京地裁に起こされた。

 

【1995】

「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」といった、いわゆる村山談話が出された。

アジア女性基金が作られた。

 

【1996】

吉田清治氏が、事実と創作を混ぜて著書を書いたと述べ、告白の信憑性が揺らいだ。

日本政府に対して、元慰安婦への謝罪と賠償を勧告したクマラスワミ報告書が国連人権委員会に提出された。

 

【1997】

朝日新聞は、吉田清治氏の告白の真偽は確認できないと報道した。

 

【1998】

慰安所は戦争犯罪であるとしたマクドゥーガル報告書が、国連人権委員会に提出された。

 

【2011】

在韓日本大使館の前に慰安婦像が設置された。

 

【2013】

アメリカのグレンデールに慰安婦像が設置された。

 

【2014】

朝日新聞は、吉田清治氏の告白を虚偽と判断し、関連する記事を取り消した。

アメリカのデトロイトに慰安婦像が設置された。

 

【2015】

日韓両外相共同記者発表で、岸田文雄外相が「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」と述べ、慰安婦問題について日韓で合意した。

 

【2016】

在韓日本大使館の前に慰安婦像(2体目)が設置された。

 

 

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