2019/01/17

子供叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ

 

週明けに得意先の担当者と打ち合わせがあったのですが、打ち合わせが終わったあとの雑談で、「若い人たちから老害と言われないように注意しないといけませんね」といった話しになりました。

 

自分も相手も50代で、相手のほうが自分よりも少しだけ年上なのですが、若い人から見れば、2人とも「頭の固いおじさん」でしょうからね。お互いに、そういう年齢だという自覚を持ったほうが良いかもしれませんね…といった話しです。

 

老害とは、自分が老いたことに気づかず(あるいは、自分が老いたことを気にもとめず)に、若い人の活躍を妨げる(または社会に迷惑をかける)こと(害悪)を言うらしいので、この定義に従えば、「まずは自覚を」というのは正しいですよね。

 

学生の頃、親や先生から「社会に迷惑をかけるような人間になってはいけない」と教わりましたが、いくつになっても、この教えは守らないといけないということなのかもしれません。

 

でも、「まずは自覚を」ということで、自分の「老い」については自覚するとして、問題はその先ですよね。老いを自覚しているから自分は老害ではない…ということでもないでしょうし…。

 

ということで、自覚した後、どういったことに注意をすれば良いのか…ですが、若い人がおじさんに対して言う「頭が固い」という言葉にヒントがあるような気がしたので、そのあたりから調べてみることにしました。

 

こんなときに役立つのが辞書ですよね。まずは、国語辞書で「頭が固い」の意味を調べ、次に類語辞書で「頭が固い」の別な言い方を調べてみますと…

 

■「頭が固い」の意味

・態度や考えが一辺倒で、それが改まる気配がない様子。

 

■「頭が固い」の類語

・柔軟性がない

・融通が利かない

・杓子定規の

・頑固な

・意地っ張りな

 

といった感じでした。

 

こういう状態だと、若い人から「頭が固い」と言われてしまうわけですね。また逆に、こうした状態でなければ「頭が固い」とは言われないわけです。そして、そうであれば「老害」と言われることもないはず…。

 

 

例えば、「柔軟性がない」というのは、何かについて「自説を変えない」といったことではないかと思いますし、「融通が利かない」というのは、相手に対して何かしらを「強要している」といったことではないかな…と思います。

 

また、これ以外の「杓子定規の」「頑固な」「意地っ張りな」といったものも、これと似たような感じの話しではないかな…。そう考えると、「老害と言われないためには謙虚になりなさい」というのが答えなのかもしれませんね。

 

では、「謙虚になる」とはどういうことでしょうか…。

 

まあ、このあたりの話しになると、人によって答えがわかれそうですが、自分は、「子供叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」という言葉の意味が「謙虚になる」ということではないかと思いました。

 

大人は子どもを叱りがちだけど、自分だって少し前までは子どもだったろうに…。

 

ついつい自分は若いと思いがちだけど、知らず知らずのうちに老いていくんだぞ…。

 

といった感じでしょうか。

 

こういう考え方になれるかどうかが、老害と言われるか言われないかの境目のような気がしますね。また、それと同時に、人生をのんびり生きることができるかどうかの境目でもあるような気がします。

 

「子供叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」

 

どなたの言葉なのかはわかりませんが、忘れないようにしようと思います。

 

しかしまあ、月日の経つのは速いものですね。あっという間に50歳を超えてしまいましたよ。20代、30代の頃が懐かしいです。

 

今は人生100年時代と言われていますが、折り返しとなる50歳でこんな感じですと、後半戦もあっという間に終わってしまいそう…。

 

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